
ウナギの養殖に用いる稚魚シラスウナギが今年は、ここ数年にない豊漁だった。かば焼きが少し身近になるかもしれない。きょう21日は土用の丑(うし)の日。今夏は8月2日もその日に当たる。全国のうなぎ店もにぎわうことだろう。
待ち切れずスーパーで特売品を買ってきた。十分に味わいたいところだが、気分が乗らなかった。
熊本県南部を記録的豪雨が襲い、子どもの頃から慣れ親しんだ球磨川が暴れ川と化した。日本三大急流の一つに挙げられる球磨川も、私が育った下流の八代平野では川幅が500メートル以上にもなる。流れは緩やかで、氾濫の危険を感じたことはなかった。
急峻(きゅうしゅん)な山あいを縫うように流れる中流域は様相が異なる。川幅は狭く、山肌に張り付く急カーブの道が続く。
わずかな土地に集落が点在し、人々が暮らす。水位が上がっても逃げ場がないような場所もある。家屋をのみ込んだ濁流の写真は衝撃的だった。
上流域では人吉市中心部が洪水に見舞われ、商店街が水没した。一角にある創業112年の老舗のうなぎ料理専門店にも2階まで泥水が押し寄せた。祖父の代から受け継いできた秘伝のたれが、かめごと水に漬かった。開店前に砂糖やしょうゆをつぎ足し守ってきた味だったという。
ここはうなぎ好きに知られる有名店だ。ある週末の昼時に訪ねると、店の前に長い列ができていた。福岡など県外からわざわざ足を運ぶ人もいれば、帰省した家族と一緒にふるさとの自慢の味を楽しもうという人もいた。
2時間近く待って案内された店内は古民家風で趣がある。注文を受けてからさばき、炭火で焼くこだわりのかば焼きは当然ながら二重丸。会計後に店を出る際、店主から「晩酌のつまみにどうぞ」と骨の素揚げを分けてもらった。
災害がなければ、土用の丑の日には多くの人が訪れただろう。自然の無情さにやりきれない思いだ。
インターネットでは、被災を見舞いつつ「一番おいしかった」「また行きたい」と営業再開を願う書き込みが相次いでいる。厳しいかもと心配していたが、再起を目指し準備を始めたとニュースで知った。再訪できる日を楽しみに待つ人たちが店主らの背中を押している。
受け継がれたたれはなくなったが、ウナギを知り尽くした3代目と後を継ぐ4代目がいる。「たれの味は舌と頭が覚えている」のだとか。一口で笑顔になる伝来のかば焼きが再現されることだろう。新たな「秘伝のたれ」を心待ちにしている。 (論説委員)
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July 21, 2020 at 09:00AM
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秘伝の味はよみがえる 岩本誠也 - 西日本新聞
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