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Saturday, March 13, 2021

【書評】『遺したい味 わたしの東京、わたしの京都』 生活者の素直な感覚で - 産経ニュース

 上京してから半世紀近く東京に暮らしている平松洋子さん、生まれ育った京都にずうっと根を張る姜尚美さん。街の飲食店についてあまたの著書を出してきた2人の往復書簡というスタイルで、東京と京都12店ずつの「遺(のこ)したい味」を文章と写真で巡る本である。

 多くは和の味わいで、老舗と呼ばれるような店。東京なら神田の蕎麦(そば)、浅草のどじょう、京都は上七軒のうどん、河原町四条の蒸し寿司(ずし)など。遠方から来た客人を案内するのにふさわしい舞台もあれば、包んでもらって家に持ち帰る味もある。店選びの背景に、2人の暮らしぶりも垣間見える。

 その2人がそれぞれ聞き取った、お店の人たちの言葉にも含蓄がある。

 京都では豆腐は湯豆腐のためにつくられ続けてきたと話す「平野とうふ」の三代目は「古いもんを一生懸命守ってりゃ、それがいつか若い人には新しいもんに映るんやな」と述懐する。自分が今いるその足元だけを見ていたら分からないことだ。

 東京の甘味店「深川伊勢屋」の四代目は、「京都の修業先の主人から教わった『味は材料。おいしさは人柄』という言葉も大事にしています」と語っている。ふたつの都市の美学が混ざり合ったとき、よりよいものがつくられるのだとも分かる。

 東西の違いがくっきり表れるのではとの予想は裏切られ、共通点のほうが多く見つかるのは、「遺したい味」の根っこが普遍的なものだからだろうか。それとも、日本の「都」としての矜持(きょうじ)を共有するゆえか。

 遺す、イコール後世に伝えること。大事にしたい、守りたい、などではなく、あえてこのタイトルが選ばれた理由はどこにあるのか、読み進めながら考えていた。

 この「遺したい味」というテーマに向き合うに当たって、姜さんの逡巡(しゅんじゅん)があとがきに書かれている。考え込んだ末、姜さんは、自身が選んだ京都の味を振り返れば、日常にがっしりと食い込んでいる品々ばかりだと気付く。そして「自分の生活に必要なものを、自分に嘘をつかずにじわっと選んでいくことが、結局は味を遺すことになる」と悟ったという。生活者としての素直な感覚がそこにある。(平松洋子、姜尚美著/淡交社・1800円+税)

 評・木村衣有子(文筆家)

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