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Saturday, November 13, 2021

鬼滅の刃の「栗花落」は由緒ある難読名字 意味やルーツを解説(森岡浩) - 個人 - Yahoo!ニュース - Yahoo!ニュース

「鬼滅の刃」に登場する、実在する難読名字の一つ「栗花落」。これで「つゆり」と読み、漢字と読みが全く対応していない。こうした難読名字は、もとからあった言葉に対して、その意味を漢字で表したものであることが多い。たとえば、静岡県にある「一尺八寸」は、「鎌のつか」の長さが一尺八寸(約54.5cm)であることから、「かまつか」という読みに対して「一尺八寸」という漢字をあてているものだ。

「栗花落」のルーツ

さて、「栗花落」は兵庫県にある知る人ぞ知る難読名字である。その歴史は古く、室町時代に摂津国八部郡原野村(現在の神戸市北区山田町原野付近)に栗花落氏がいたことが知られている。

『摂津名所図会』によると、原野村の里長である栗花落家の庭には白滝弁財天祠があり、5月の入梅の頃に栗の花が落ちた。ちょうどその頃に社前の井戸から清泉が湧出するので「栗花落(つゆいり)の井」とよばれ、後に家の名字にしたとある。

栗花落家は、今では「つゆいり」を短縮して、本家が「つゆ」、分家が「つゆり」と名乗っている。

栗の花と梅雨の伝説

栗の花と梅雨に関しては、古い時代の伝説もある。

奈良時代の天平宝字8年(764)、山田の里から都につとめに出ていた山田左衛門尉真勝は、恋こがれていた白滝姫と夫婦になって山田に帰ることになり、その途中に八部郡石井村の北の森で休憩をした。この時は梅雨時にもかかわらず日照り続きで村人が困っていたため、姫が手にした杖で地面を突くと清水が湧き出した。その清水の水面に栗の花がはらはらと落ちたことから、ここを栗花の森(つゆのもり)と呼んだという。現在も神戸市兵庫区都由乃(つゆの)町という地名として残っている。

「栗花落」と書いて「つゆり」と読むのは、ここだけの特殊なものではない。飛騨国吉城郡宮原村(現在の岐阜県高山市上宝町宮原)にある栗原神社の周囲には栗の木が多く、かつて5月24日に行われていた祭も栗花落(つゆり)祭と呼ばれていたという。

梅雨の書き方

ところで、現在「つゆ」は漢字で「梅雨」と書く。これは中国の揚子江付近では梅の実が熟す頃に雨の季節となることから「梅雨」という言葉が生まれ、これが日本に入ってきて「つゆ」を表す漢字になったという。定着したのは江戸時代頃で、それ以前は色々な書き方をしたらしい。

この頃は麦の実が熟す頃でもあるため、「麦が熟する頃に降る雨」という意味で「麦雨」ともいう。また、「五月雨」も5月に降る長雨のことだが、この5月というのは旧暦の5月。今の暦では6月のことで、西日本では梅雨の時期と重なるため、本来は梅雨のことであるという。

作者が想像だけで「栗花落」という名字を生み出したのではなく、「栗花落」と書いて「つゆり」という由緒ある難読名字が存在することを知っていたうえで登場させているのではないだろうか。

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