前回の記事では、教師の過労死等の実例について紹介しました。国の所管も各省に分かれており、実態把握すらままならない状態である問題を指摘しました。
前回の記事:死と隣り合わせの学校現場の事実 #先生死ぬかも
さて、学校の先生たちの過酷な勤務状況やメンタルヘルスの不調。これは、教員自身にとって大きなダメージがあることですが、児童生徒にとっても、もちろん、いいことではありません。
■子どものために忙しい。が、それは結果的には、子どものためにならない。
わたしも委員として参加した、中央教育審議会(中教審)の文書のなかにも、こんな一節があります。
さすがに、学校の多忙は大きな社会問題として認知されつつありますから、文科省も教育委員会等も多少は動いています。
ところが、コロナ禍のなかで、「働き方改革どこ行った?」という風潮もあります。感染予防対策などで消毒や清掃、各種事務などが増え、また授業も平日7時間目までやったり、振り替えもまともにとれそうになくても土曜授業を連発したりする自治体もあって、学校の働き方の見直しからは逆行している部分も大きくなっています(文末の参考記事など)。
しかも、タイムカードやICカードをピッとやったあと、残業をしたり、自宅に大量の書類をもち帰って、仕事をせざるを得ないという先生もたくさんいます。残業の「見えない化」が起きています。これでは、上記の審議会の文書にある、働き方改革の目的からは遠ざかる一方です。
もう少し詳しく解説しましょう。具体的には、少なくとも、次の4点で、先生たちが忙しすぎる現実は「子どものためにならない」のです。
1)授業をはじめとして教育活動が低下、低迷する。
2)子どもたちのこころにも影を落とす。
3)子どももゆとりのない日々になる。
4)生産性など度外視した価値観を植え付けてしまう。
■多忙の影響1) 授業をはじめとして教育活動が低下、低迷する
過酷な労働で疲れてしまって、あるいは睡眠時間を削りに削って、子どもたちにいい授業ができるわけがありません。
さらには、過重労働や高ストレスのもとでは、学ばない教師が増えてしまいます。AI時代ならなおさら、子どもたちに思考力や創造性が必要とされているのに、先生たちが思考力や創造性を鍛える時間がなく、いい授業になるでしょうか?
■多忙の影響2) 子どもたちのこころにも影を落とす
前回の記事で、堺市の前田大仁さんの過労死のことをお話ししました。前田先生の遺品のひとつとして、約20人のバレー部員と交わしていた「クラブノート」が残っています。そこには、前田さんが生徒たちに送った励ましや助言の言葉がびっしり赤字で書き込まれています。
ノートの最後のページには、前田さんの急死の知らせに接した部員たちの悲痛な言葉が記されています。
「何で先生なんですか? 何でよりによって先生なんですか? ○○(名前)たちが先生に無理させていたんですか? めっちゃ謝るし、これからの練習もめっちゃ真面目にするんで、戻ってきて下さいよ!」
ここで、多くの言葉は要らないと思います。教師の死やメンタルの不調は、子どもたちのこころにも確実に影を落とします。
わたしの知人で、中学校の体育教師だった夫を亡くされた、工藤祥子さんという方がいます。いまは、教員らの過労死防止に向けて、活動されています。工藤さんは、ご自身の経験からも、また他の過労死事案からも、教師の過労死等は、児童生徒にとっても禍根を残すということをおっしゃっています。
■多忙の3) 子どももゆとりのない日々になる
教員の過労は大問題ですが、いまの子どもたちも大忙しです。たとえば、中学生や高校生は、こんな一日です。授業を終えて、19時頃まで部活動を頑張り、そのあとは、コンビニで買ったおにぎりをかじながら、塾へ。夜10時頃まで勉強したあとは、学校の宿題も残っています。夜中は友達とLINEなどでやりとりもしないといけません。翌朝はといえば、7時半から朝練があるために6時には起床して7時前には家を出ます。
こうなると、睡眠時間を削らざるを得ません。ベネッセの2013年の調査によると、中3生と高校生の半数以上が23:45以降に就寝しています(「第2回 放課後の生活時間調査」)。最近ではもっと睡眠時間が確保しにくくなっているかもしれません。
子どもたちの毎日も、余裕がないのです。
そして、このことは、子どもたちの健康にも影響することは容易に想像できます。三重県、高知県の中高生約2万人への調査をもとにした研究によると、睡眠時間が短いと、うつ・不安のリスク(注意を要するレベル以上である状態)が高まることがわかっています(※)。
平日の睡眠時間が5.5時間未満だと、最もリスクの低い層と比べて2~4倍も高いリスクになります。また、男女差も大きく、もともと女子のほうがうつ・不安のスコアは高い傾向にありますし、とりわけ女子生徒の睡眠時間の短さは心配です。
(※)佐々木司「思春期の子どもは夜何時間眠ったらよいのか?」
子どもたちの生活にゆとりがなく、睡眠不足にもなっている問題は、家庭や受験の影響も大きいので、学校のせいだけにはできません。ですが、学校が助長している部分もあります。
しかも、教員が忙しすぎると、現状を見直しそうということが起こりにくくなります。考えたり、検討したりする時間すらあまりないためです。こうなると、多忙で悩む子どもたちも救われません。似たことは、いわゆる「ブラック校則」の問題でも共通した背景があるとわたしは見ています。
■多忙の影響4) 生産性など度外視した価値観を植え付けてしまう
教員が子どもたちに教えているのは、なにも、教科書の内容や授業中にしゃべったことだけではありません。見えにくいところにも影響します。
ところで、人口減少の日本では、生産性の向上は大きな課題ですよね。いま長時間労働が社会的にも大きな注目を集めているのは、過労自殺をはじめとする悲惨なことがあとを絶たないこともありますが、労働力減少のなか、1人あたりの生産性を高めないと豊かな暮らしを維持できなくなりつつあるからです。
時間当たりの労働生産性を見ると、各年の米国を100とした場合、日本は70年代、80年代は右肩上がりで上昇してきましたが、90年代以降のこの約25年間は伸びておらず、米国の6割程度にとどまり続けています 。フランスやドイツは生産性を上げ、90年代には米国をしのぐ水準となったのとは対照的です(※)。
(※)黒田祥子「経済教室 時間当たり生産性上げよ」日本経済新聞2016年12月19日
こうした社会課題とは逆行するかのように、ひょっとすると、学校教育では、先生たちの働き方から「生産性はさておき、長い時間一生懸命働くことが大事だ」と子どもたちに暗黙のうちに伝えてしまっているのではないでしょうか?
受験勉強や部活動なども、ともかく「勉強量(練習量)だ」と精神論を振りかざして、時間の価値を無視した「指導」が横行していますし。
これは「隠れたカリキュラム(ヒドゥンカリキュラム、潜在的カリキュラム)」と呼ばれるもので、本人は必ずしも意図しなくても、結果として教育される側が身につけてしまうもののひとつです 。
以上の少なくとも4点で、このまま先生たちが疲弊する一方の学校現場を放置しては、「子どものためにならない」のです。
誤解してほしくないのは、教員個人個人を責めたいわけではありません。「仕事が遅いのはわたしが悪い」とご自身を責める先生はたくさんいます。もちろん、個々人の働き方や仕事の進め方で、反省するところや改善を図ることができる余地はあるケースも多いでしょう。
しかし、個人のせいだけにはできません。たとえば、部活動が忙しい、消毒作業なども付加されてたいへんだ、校務分掌と言われる学内での事務などの分担の負担も重い、さまざまな不安や特性をもった子どもたちに丁寧にケアしないといけない。これらは、個人のせいというよりは、学校の置かれた環境や学校の運営・組織マネジメント、国・教育委員会等の政策が影響することです。個人でできることで進めるべきこともたくさんありますが、組織的に改善しないといけないことや政策的な対応が必要なことも山積みです。
そのためにも、学校の実情を多くの方に知っていただき、ぜひ、先生たちに無理をさせすぎないように、応援したり、できる範囲で働きかけをしたりすることに協力いただけると、うれしいです。前回と今回の記事、わたしの本などはそのために書いています。
※この記事は拙著『教師崩壊』(PHP新書)の一部を抜粋、編集して作成しました。
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