「大学はいつになったら対面授業を再開するのか?」
新型コロナウイルス感染拡大が世界中の教育現場に影響を及ぼす中、オンライン授業ばかりで人に会えず、精神的に疲弊した学生からこうした声が度々ネット上で挙がっている。
7月31日には、細野豪志衆議院議員がツイッター上で「日本国内でも、幼稚園・保育園から高校まで開かれ、リモートワークを取り入れながら職場も動いているのに、多くの大学はキャンパスから学生を締め出している。リスクを回避する大学の姿勢が、学生の学ぶ機会を奪っている。日本の学生も声を上げていいと思う。」と、大学を批判。
ただ、現場へのリスペクトに欠け、現状認識も誤っているツイートだったため、大学教員や学生等から多くの批判の声が集中。
なぜ大学のキャンパス再開が難しいのか。今、政治家や政府が取るべき行動とは何か、まとめておきたい(決して学生を扇動することではない)。
とは言え、ニュースを見ているとほとんどの大学が完全にキャンパスを閉じている印象を受けるが、実際はすでに半数以上の大学等が遠隔授業と面接(対面)授業を併用して実施していることは最初に確認しておきたい。
もっとも大規模クラスターが発生しやすい大学
なぜ大学だけが、いまだにオンライン授業を続けているのか。
一言でいえば、大学ほど感染リスクの高い場所はないからである。
数百人、数千人以上の学生が広範囲から通学し、100人以上が一斉に「密」な状態で大教室に集まり、かつキャンパス内で頻繁に移動が起こり大勢とすれ違う、そんな場所は大学以外に存在しない。
実際、日本やアメリカ等の大学では、対面授業を再開したものの、すぐに感染が拡大し、オンライン授業に戻るケースが多発している。
アメリカ・インディアナ州のノートルダム大学は、秋学期が始まってから8日後の8月18日、対面授業の一時停止を発表。8月3日以降、927人が新型コロナウイルスの検査を受け、うち生徒146人と大学職員1人に陽性反応が確認された。
ノースカロライナ大チャペルヒル校も、8月17日、生徒130人が新型コロナウイルスの陽性が確認されたとして、2週間の対面授業の停止を発表。授業再開から1週間で、学生のコロナ陽性率が2.8%から13.6%に急上昇したという。
筆者も大学院に通っており、対面授業の再開を強く望んでいるが、現実的にはすぐに(少なくとも中・大講義は)オンライン授業に戻ることが容易に想像でき、対面授業の再開を強く訴えるよりも、オンラインでも充実した授業を受けられるように環境整備していくことの方が重要だと考えている。
感染者が一定数出ても、そのまま対面授業を続行するというのも一案であるが、マスコミが連日感染者数を速報し、不安を煽っている現状では、なかなか難しいだろう(すでに感染者が見つかった大学の学生に対するバッシングが多数発生している)。
また、大学がオンライン授業を展開してきた理由は他にも下記のようなものが挙げられる。
オンラインで学習の機会を確保できた大学とできなかった初等中等教育
冒頭紹介した細野議員のツイートでは、「リスクを回避する大学の姿勢が、学生の学ぶ機会を奪っている」と指摘していたが、実際は逆である。
大学は1ヶ月程度でオンラインでの授業体制をいち早く作り、感染リスクを抑えた上で学生の学ぶ機会を確保した一方、日本の初等中等教育では3ヶ月程度かけてもオンラインでの授業体制を作れず、対面に戻るしかなかった、という側面が大きい。
課題の多いオンラインと対面授業併用のハイブリッド
早稲田大学や関西学院大学等の大規模大学でも、秋学期からオンラインと対面授業併用のハイブリッド体制にしていく予定だが、実際のところ課題は多い。
大講義等はオンライン授業を続けると言っても、同じ日にオンライン授業と対面授業が入っている場合はキャンパスに行かざるを得ず、遅延なくリアルタイム授業を受けられるのか、感染リスクを抑えた上でどこでその授業を見るのか、授業間の隙間時間をどこで過ごすのか。教室や図書館等の消毒を毎日誰がするのか。
仮に感染者が出た場合、どの範囲までPCR検査や自宅待機等をする必要があるのか(検査の費用は誰が負担するのか)。
また同じ科目でオンラインと対面授業を併用する場合、誰がオンキャンパスで撮影、配信するのか。
少なくとも、これらを学期途中で整備し、切り替えるのは非常に困難であろう。
8月4日の記者会見で、萩生田光一文部科学大臣は「対面授業の実施や遠隔授業との併用を検討して頂きたい」と発言していたが、これらを政府の支援も無しに大学側の努力のみで実施するのはやや酷な話ではないだろうか。
ただでさえ、大学病院の収入が減るなど、大学経営の負の影響が出ており、今後アカデミックポストが減る懸念も存在する。
オンライン授業を望むサイレント層
そして忘れてはならないのは、学生でも「キャンパスに行きたくない」層が一定数いることだ(むしろこちらの方が多数派かもしれない)。
現状はオンライン中心のため、どうしても目立つのは「キャンパスに行きたい」と不満の声を挙げる層だが、大学が全面的に対面授業に移行すれば、今度はそれに反対する側が声を挙げるようになるだろう。
現にオンライン授業の満足度が高い学生も一定数存在し、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の学生へのアンケート結果を見ると、学生の約7割が、平常時のオンライン授業の継続を希望しており、チャットを使うことで普段よりコミュニケーションが活発になったという意見も多い。
こうした状況を踏まえると、基本的には早稲田大学が秋学期から実施するように、講義科目は録画視聴のオンデマンド型、少人数のゼミやディスカッションなど演習科目は対面で、一部地方在住やリスクヘッジしたい学生向けにオンラインのリアルタイム(双方向型)授業を実施する、というのが理想的だろうと思われる。
特に大学・大学院1年生に関しては、オンラインのみだとなかなか友達も作りづらい現状にあるため、少なくとも一回はオンキャンパスで対面授業を実施するなどの対策は実施してもらいたい。
ただし、今後オンラインと対面のハイブリッドにすると、オンキャンパスで動画を録画しなければならないため、録画するスタッフが必要になるなど、政府から大学側への支援が求められる。
比較的充実した「緊急」学生支援と大学側への手薄な支援
これまで、筆者が代表理事を務める日本若者協議会も含め、学生が大きな声を挙げたこともあり、学生への「緊急支援」は世界的にも比較的充実し(平時の教育予算が少なく家計負担が重いというのも大きいが)、8月19日に立命館大学の学生たちがつくる「立命館大学新聞社」が発表した学生への調査(インターネットで自主回答、有効回答数は1414件)を見ても、退学を「本格的に考えている」は2.3%で、2018年度の立命館大学学部生の実際の退学率1.7%とあまり差がなく、学生支援の効果が出ていると思われる。
一方、5月に書いた記事で、授業料の一律減額よりも、学習環境への支援の方が重要だと書いたが、現状は後者への政府支援が非常に乏しく、今回の立命館大学新聞社の調査結果でも、「休学・退学を考えている理由」として、学費への不満より、授業形態やその質に対する不満が最も多く挙げられている。
関連記事:「学費減額」に慎重な検討が必要な理由と、今後求められる学生への支援(室橋祐貴)
現状への不満から、休学や退学を検討している学生ほど、「全面対面授業」を望む傾向にあり、今後も(満足度の低い)オンライン授業ばかりの授業が続くようでは、休学や退学を考える学生が増える可能性も高く、政府には授業の質を上げるための大学支援を求めたい。
具体的には、「密」を避けるためになるべくキャンパスに行かなくても学習できるよう電子ジャーナルや電子書籍の拡充、秋学期以降もWi-Fi環境、デバイス等への金銭的支援(学生だけではなく、非常勤講師にも)、職員やTA(Teaching Assistant)費用などの学習サポートの強化が考えられる。
職員数に関しては、日本の大学全体でのまとまった調査結果はないものの、海外のトップレベル大学と比較すると、日本の有力大学の職員数は非常に少なく、それによって教員も事務作業に時間が取られ、研究や指導時間が確保できないなど、以前から問題が指摘されており、これを機に学生・職員数比率も見直していくべきである。
また、初等中等教育では少人数学級が本格的に検討されつつあるが、大学での少人数授業の増加も必要である。
もちろん、コロナ禍という前代未聞の大災害下であるため様々な課題はあるが、今回、大学教員や職員の努力によって、感染リスクを抑えながらの学習機会の確保はある程度実現されており、今後はより質を上げていくために、大学側の努力に頼るだけではなく、政府による支援を期待したい。
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August 21, 2020 at 07:05AM
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