
ルームメイトは逃亡しました
Tの社宅の近所の公園で、彼の友達だという23歳の女性技能実習生・ミンに出会った。 ハノイの西隣にあるホワビン省の農家で生まれた彼女は2017年8月に来日。高校を卒業してそのまま技能実習生になったためか、黒髪の真面目そうな雰囲気の女性である。 ミンが暮らしているのは、Tの社員寮の裏手にある、技能実習生寮だ。雇用先が地域の大手スーパーであるためか、彼女によれば住環境は比較的良好らしく、台所・風呂・洗濯機付きの二人部屋。新型コロナウイルス流行の影響で惣菜工場の生産数が3割ほど落ち、もともと月13万円ほどの手取りが11万円に減ったというが、非人道的な環境に置かれるケースも少なからずある技能実習生のなかでは、かなり恵まれた環境だ。 他のベトナム人技能実習生と同じく、出国前にはベトナム国内のブローカーと送り出し機関に約100万円を支払い、借金を抱えての来日だったが、すでに返済は済ませている。この年の夏に、3年間の実習期間を満了して帰国するか、新設された特定技能ビザを取得してさらに5年間日本にいるか、目下考え中だ。 「高校時代の友達は、ベトナムでせいぜい月収が4万~5万円くらい。もちろん物価の違いはあるけれど、やっぱり日本のほうが稼げる。私は現在の環境にかなり満足していますよ」 技能実習生を雇用する企業には、実は比較的まともな事業者も意外と多い。ただ、やりたい放題の悪質な事業者の振る舞いに歯止めをかけるシステムが弱いため、メディアの報道でお馴染みの悲惨極まりない事例が発生することになっている。 だが、なかにはミンのように、少なくとも当事者レベルでは待遇に納得している例もある。さすがに、彼女のように比較的恵まれた環境で真面目に働いている人は、実習先から逃亡してボドイになろうとは思うまい──。 「いえ、私は逃げませんけど、寮のルームメイトは逃亡しました。25歳くらいの、普通の明るくて元気な人。悪い人じゃなかったですよ。ほかにも一人、同僚が逃亡しています」 ルームメイトは、前日までは普段と何も変わらない様子で生活し、ミンと一緒に惣菜工場に出勤していた。思わず尋ねる。 「同じ部屋で毎日暮らしていて、逃亡の気配には気が付かなかったんですか? ルームメイトなら『一緒に逃げよう』みたいな相談も受けそうですが」 「逃亡する人は、計画が他人にバレることを嫌がるんです。自分が逃げると決めたら、できるだけ普通に振る舞って、仕事の不満を周囲に漏らさなくなる」 そうして、ある日突然姿を消すのだ。 技能実習生の働き先としては比較的良好な環境であるように見えるミンの職場ですら、複数の逃亡者がいる。これは個々の職場の環境改善くらいで防げる問題ではなく、複雑な中間搾取構造と低賃金を前提にした、外国人技能実習制度自体に根本的な問題があるがゆえの現象だろう。さておきミンは言う。 「日本に、ベトナム人の友達が60~70人くらいいます。SNSでつながっている人です。実習先の社内だけじゃなく、出国する前に同じ送り出し機関で研修を受けた人とか、いろんな人がいますよ」 一昔前まで、技能実習生は逃亡を防止するために会社や監理団体からパスポートを没収されたり、携帯電話の所有すら認められなかったりすることも多かった。だが、さすがに社会的批判を浴びたことで、現在はここまで非人道的な事例は少数になった。 しかし、抑圧を取り去れば当然、人間の思考や行動は自由になる。 携帯電話の所有が認められ、しかもスマホが低価格化した現在は、技能実習生たちがスマホとSNSによって非常に広範な横の繋がりを持つようになった。 そもそも、言葉が通じない異国の田舎街で、若い身空にもかかわらず職場と技能実習生寮を往復するだけの不毛な生活を余儀なくされているのだ。娯楽は散歩とナンパくらいで、ろくにお金もない。精神的にも物質的にも貧しい毎日のなかで、唯一のうるおいをもたらすものは手元のスマホだけだ。必然的にスマホの向こうに広がる社会との接点は増えていく。 自分が暮らす「グンマ」や「ナゴヤ」の地名を冠したボドイのコミュニティのなかでは、実習先からの逃亡をそそのかす人や、すでに逃亡して豊かで自由になったらしき生活をアップロードしてみせる人もいる。場合によっては、ベトナム国内で自分と同じ送り出し機関で研修を受けた友達が、すでに逃亡して〝自由〟で〝豊か〟な暮らしを実現したという知らせも入ってくる。 ボドイの世界の誘惑は、まじめに技能実習をおこなっているミンのような労働者にとっても、やはり身近なものなのだ。
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