コロナ下の自粛生活で遠出ができない日々が続いています。これまでに旅先で味わったグルメと、それにまつわる思い出を共有して、自宅にいながら旅に思いをはせてみませんか。
「ホンモノ」ホタルイカに感嘆
神奈川県鎌倉市の味野和(みのわ)勝彦さん(56)が妻の智抄(ちさ)さんと富山県を訪れたのは二十数年前だ。ゴールデンウィークにワゴン車を運転し、車中泊をしながら1週間かけて日本海側を山陰まで旅した。その初日だった。
午前2時ごろに、滑川市の富山湾からホタルイカ漁船に乗り込んだ。何百何千というホタルイカが網にかかる。コバルトブルーの光が点滅する美しさに船酔いする間もなく見入った。
港に帰ってきたのが午前6時前。船に揺られたのと寒さで、二人しておなかがすいていた。「いま見たホタルイカが食べたいな」。近くに店がないか尋ねると、漁師が集う店しか開いていないらしい。迷ったが、足を運んだ。
喫茶店と食堂を兼ねたような小さい店だった。十数人も入るといっぱいになり、確かに観光客が寄るような雰囲気ではない。漁師らしきお客らがモーニングを食べる中、メニューを見ずにホタルイカを注文した。
出てきた料理に感嘆した。
足の刺し身は半透明で、なんともいえない歯ごたえがある。1、2時間前には泳いでいたのだろう。新鮮どころか、まだ動いているように見えた。
大学時代に富山出身の同級生が「生きているホンモノは違う。スーパーで売っているホタルイカは抜け殻だ」と力説していたのを思い出した。「ホンモノ」を前に、「これまで食べてきたのはなんだったんだろう」と思わずにはいられなかった。
感動は終わらない。釜揚げは湯にさっと通したもので湯気が出ていた。ショウガじょうゆにつけて口に放り込む。アツアツの身をかむとプチっと割れて、甘い中わたが口中に広がった。
食が細い智抄さんも完食した。全国を巡ってご当地の料理を楽しんできたが、「外食の時に、奥さんが、1人前分食べきったのは、このホタルイカと仙台の牛タンだけ」。
10年後に子ども2人も加わって家族で再び富山を訪れた。あの店を探したが、名前も分からず、見つからない。仕方なく国道沿いにある食堂に入った。観光客向けの料理が出てきたが、あの味ではなかった。
コロナが収束したら家族でまた富山に行って、前回はまだ幼かった子どもにホタルイカ漁を見せたいと話す。あの店もネットで探し続けている。
(富岡万葉)
親孝行できた かぶのスープ
義母と妻、義姉と4人で箱根・初島方面に出かけました。神奈川県の仙石原で渋滞して車が進まず、道路沿いのレストランで夕食をとることに。かぶのスープが絶品でした。義母は「あんなおいしいスープは食べたことがない。舌の上でとろけるようだった」と笑顔で、親孝行ができたと夫婦で喜びました。忙しい時は何もしてあげられませんでしたが、リタイア後は年1回旅行しました。義母は5年前に94歳で亡くなりました。
(千葉県 彦坂祥三さん 77歳)
よく鳴くヤギを モンゴルで
20年前、夫婦でモンゴルの乗馬ツアーに参加した。宿泊先の集落に着くと、つながれたヤギがメーメーとうるさく鳴いている。「モンゴルでは家畜をつながないのでは」と現地スタッフに尋ねると「あなたたちのご飯だ」と。
翌日の弁当がヤギ肉のチャーハンだった。死にたくない動物を殺して食べているのだと実感し、手を合わせていただいた。肉食に対する考えが変わり、今では肉をほとんど食べない生活を送っている。
(愛知県 溝口良子さん 73歳)
山腹での丸かじりキュウリ
若い頃は旅といえば山登りだった。仲良し5人組で白山に登り、山腹で取り出したのが冷やしたキュウリ。マヨネーズをつけて、遠くの山々を見ながら風の中で丸かじりすると、周囲から羨望の視線を浴びた。山頂に着くと、見知らぬ2人の結婚式が。今度は私たちがうらやましがる番だった。
5人組のおしゃべり会ではだんだんと思い出がこんがらがるようになってきて、それがまたおかしいと笑い転げている。
(兵庫県 今井晴美さん 74歳)
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