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Saturday, March 12, 2022

細菌界のモンスター「緑膿菌」 耐性力は抜群、やっかいな集団攻撃 - 朝日新聞デジタル

 いよいよ最終回となりました。今回はモンスターの登場です。細菌界のモンスター系代表、「グリーンモンスター」こと、緑膿(りょくのう)菌です。とても考え抜かれた戦略に驚くと思います。朝日新聞アピタルコラム「染方史郎の細菌どうなの」です。

 緑膿菌の正式名(学名)は、Pseudomonas aeruginosaで、最初のPは発音せず、シュードモナス・エルギノーザと読みます。

 和名の緑膿菌の方が、菌の性質をよく表しています。つまり、緑色の膿(うみ)の原因になるという性質です。しばしば、ピオベルジンやピオシアニンと呼ばれる緑系の色素を産生するために、膿の色が緑になります。

 形態上の特徴としては、細長い細菌で、端に一本のしっぽ(単毛性べん毛)を持っています。そのような理由で、しっぽの生えたモンスターのキャラクターにしています。

 また、緑膿菌は、とても質素で、ほぼどんな培地でもよく育ち、以前ご紹介した肺炎球菌インフルエンザ菌など、おいしいごちそう(培地)を与えないと育たないぜいたくな細菌とは大違いです。

 ブドウ球菌や大腸菌も質素でしたが、それ以上にタフで、ほとんど栄養のない環境中でも飢餓に耐えて生き延びられます。

 湿ったところを好むため、普段はシンクやトイレなどの水回り環境に潜伏しています。したがって、病院での感染症対策上は、環境整備が重要となる細菌です。ただし、健康な人に病気を起こすことはほとんどないので、日常生活でそれほど気をつかう必要はありません。

普段はおとなしいモンスター

 モンスターといいつつも、本来は病気を起こしにくい、おとなしい細菌です。ただし、いったん病気を起こすととてもやっかいな細菌であるため、モンスターキャラにしています。

 なぜ、普段おとなしい細菌が、病気を起こすことになるのでしょうか。それには、細菌の性質が関わってきます。

 体内で増えやすい細菌の多くは、ブドウ糖を発酵する能力を持っていますが、緑膿菌はブドウ糖を発酵することができません。

 ブドウ糖は、生物の主たるエネルギー源の一つで、ブドウ糖を分解する際に得られるエネルギーによって生命活動を維持します。

 ブドウ糖の利用方法として、発酵と呼吸という二つの方法があります。

 発酵は酸素を使わずにブドウ糖を分解する方法で、分解後に、乳酸などの有機酸やエタノールなどのアルコールが残ります。ヨーグルトやお酒を造る原理にも用いられます。

 一方、呼吸は酸素を用いて、ブドウ糖を最終的には二酸化炭素と水にまで分解します。緑膿菌のエネルギーの獲得方法が呼吸です。つまり、緑膿菌は、酸素のないところではほとんど増えることができません。

 厳密には、好気呼吸と嫌気呼吸があり、単に呼吸と言えば酸素を用いる好気呼吸を指します。一方、嫌気呼吸は酸素を用いない呼吸で、硝酸還元とも呼ばれます。緑膿菌は、嫌気呼吸ができるため、実際には酸素がなくても増殖できますが、好気呼吸に比べて効率が悪いため、増殖が遅くなります。

 さて、人の体内にも細菌はいます。人体では、酸素を用いずに発酵のみで増殖する嫌気性菌と呼ばれる細菌が9割程度を占めており、発酵と呼吸の双方を用いる細菌、例えば大腸菌などが残りのほとんどを占めます。

 発酵と呼吸の双方が使える細菌は、酸素のあるところではエネルギー効率の高い呼吸を用い、酸素のないところでは発酵ができるという器用な細菌です。そのため、体内、特に細菌が最も多く住んでいる腸の中は、ほぼ酸素のない状態、嫌気状態になっています。

 したがって、嫌気状態でも生きられる常在細菌と異なり、呼吸をする緑膿菌にとっては、本来、体内は居心地の悪い場所です。特に、人間に備わっている免疫力を打ち破ってまで健康な人に感染することはほとんどありません。

 ところが、いくつかの条件がそろうと、体内で暴れ始めます。

 一つは、全身的もしくは局所的な免疫が低下していることです。局所的な免疫低下の典型例がやけどです。やけどをしただけですぐに緑膿菌が感染するわけではなく、常在細菌叢(そう)の乱れや全身的な免疫が低下したなどの条件が加わることで、緑膿菌が感染しやすくなります。

 常在細菌叢の乱れは、ほぼ抗菌薬の投与が原因です。抗菌薬は、元々体内に住んでいる細菌や体の表面にくっついている細菌を追い払い、そのすきに緑膿菌などのよそ者がすみつく余地を与えます。

 緑膿菌も細菌なので、抗菌薬を投与すると緑膿菌もすみつけないのではないかと思われたかもしれませんが、抗菌薬投与中に出現するというのが、モンスターである最大の理由です。

 緑膿菌は、やけどや肺炎の後に多彩な感染症を起こし、特定の感染症の原因になるわけではありませんが、抗菌薬が効きにくい難治性感染症を起こすことが緑膿菌の特徴と言えます。

 抗菌薬が効かないことを、薬剤耐性と呼びますが、薬剤耐性には、元々効かない自然耐性(一次耐性とも)と後から耐性化する獲得耐性(二次耐性)があります。

 緑膿菌が、モンスターである理由は、自然耐性であるのに加えて、獲得耐性を得やすいということが言えます。では、なぜ、緑膿菌はそのような性質を持っているのでしょうか。

薬が効かないヒミツ1:長い歴史

 ペニシリンという抗生物質は、カビが産生する物質であるというのはご存じでしょうか。

 カビは、どこにいますか。

 そう、土の中、部屋の中など、環境中のあらゆるところから検出できます。カビは、細菌の繁殖を抑える抗菌物質を産生します。そのような抗菌物質の一つとして治療に使われたのがペニシリンです。

 カビは、細菌に栄養を取られないように、抗菌物質を産生して縄張り争いをしています。したがって、環境中で細菌が生息するためには、これらの抗菌物質に打ち勝たなければなりません。そのため、環境中で生息する緑膿菌は、ペニシリンはもちろん、多様な抗菌物質が効きにくい体質を、長い歴史の中で培ってきました。

 つまり、結果的に、自然界で生き残るために、抗菌薬に対して抵抗するすべを持つようになったということです。

薬が効かないヒミツ2:アイテム収集力

 元々抗菌薬が効かない性質に加えて、抗菌薬に抵抗する能力を容易に獲得するという性質も持っています。

 細菌と抗菌薬との関係は、ロールプレイングゲーム(RPG)におけるヒーローと敵との関係に似ています。ゲームの世界ではヒーローたちが敵と戦ううちに強くなるように、細菌は抗菌薬と戦っているうちに徐々に強くなっていきます。

 また、ゲームでは、強くなるためのアイテムをゲットして強くなることがあります。細菌の場合も同様に、アイテムをゲットして強くなることがあります。

 代表的なアイテムは、プラスミドと呼ばれるアイテムで、耐性遺伝子などを搭載しています。プラスミドは、細菌同士でやり取りをすることが知られています。

 アイテムをゲットすると、維持費(アイテムを保持するためのエネルギー)が余分に必要になるので、持ちたがらない細菌もいますが、緑膿菌はアイテム収集が好きなので、アイテムをため込みがちです。そのため、抗菌薬にも耐性化しやすいと考えられています。

薬が効かないヒミツ3:ネバネバ+集団戦法

 自然耐性や獲得耐性といった通常の耐性メカニズムとは異なる仕組みで薬が効きにくくなることもあります。

 イラストにも描いていますが、緑膿菌はネバネバしたムコイドと呼ばれる粘液に覆われています。このネバネバが、抗菌薬などの異物を寄せ付けない構造になっています。

 また、緑膿菌は、集合しやすい菌としても有名です。細菌は単細胞生物で、細胞一つ一つがばらばらに生きています。しかしながら、同じ種類の細菌が集まると、集団を結成し、あたかも多細胞生物であるかのようにふるまうことがあります。

 このような集団をバイオフィルムと呼んでいます。歯磨きのコマーシャルなどで耳にしたことがあるかもしれません。バイオフィルムは、単に菌が集まるだけではなく、ネバネバや周辺にある白血球の残骸などを巻き込んで、強固な分厚い層を形成した状態です。

 いったん、バイオフィルムを形成すると除去が難しく、抗菌薬が分厚いバイオフィルムの内部に浸透しにくくなるために耐性を示すと考えられます。

 また、この集団は、病原性の観点からも意味を持っています。モンスターとはいえ、とても小さいので、一匹だけで攻撃をしかけても人体に大きな影響力はありません。しかも、一匹だけで攻撃を仕掛けるとすぐに人間の免疫力から返り討ちを食らい、排除されてしまいます。

 そこで、緑膿菌は、感染後、ある程度増えるまではひっそりと暮らし、一定程度増えてから攻撃を仕掛けてきます。

 これには面白いメカニズムがあり、定数感知機構(Quorum Sensing)という自分たちの数を把握するシステムを使っています。quorumとは、多数決をとるときなどの一定数のことで、この定数を感知するシステムです。

 緑膿菌以外にもQSを持つ細菌はいますが、緑膿菌のQSはよく研究されています。アシルホモセリンラクトン(AHL)という物質を用いて、お互いにコミュニケーションを取っています。AHLがある一定量を越えると、病原因子の遺伝子発現のスイッチが入り、攻撃力が高まるという仕掛けになっています。

 せっかくの機会ですので、最後に、自身の研究のお話をさせていただきます。今回取り上げた緑膿菌も研究対象の一つとしてきました。

 これまでに20年間ほど薬剤耐性菌や難治性感染症の研究に関わる中で、細菌のたくましさを思い知らされました。我々もタフにならねばと見習うところもあります。

 生物学的に、細菌は下等生物、人間は高等生物と呼ばれていますが、実は、人間の大先輩で、数億年前から存在する生物です。人間がペニシリンという抗菌薬を発見したのはたかだか約90年前。

 ある報告によれば、少なくとも数百万年前には薬剤耐性菌が存在していたとのことですから、文字通り、細菌に挑むのは「100万年早い」ということになります。細菌からは、下等どころか「上等や」と言われそうですね。

 さて、COVID-19の喧騒(けんそう)の中、昨年4月から、12回にわたり続けてきた連載が、ついに最後となりました。連載を通じて、あらためて調べてみることで、私自身も新しい発見がありました。また、COVID-19で様々なことが犠牲となった一方で、多様なことに思いを巡らす機会も得られました。

 本連載は今回で終了となりますが、薬剤耐性菌の啓発活動は継続したいと思いますので、ご声援いただければ幸いです。

 これまで、ご覧いただいた皆様、ありがとうございました。(染方史郎)

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