Innovative Tech:
このコーナーでは、テクノロジーの最新研究を紹介するWebメディア「Seamless」を主宰する山下裕毅氏が執筆。新規性の高い科学論文を山下氏がピックアップし、解説する。
東京大学川原研究室と東京大学染谷横田研究室の研究チームが開発した「Meander Coil++: A Body-scale Wireless Power Transmission Using Safe-to-body and Energy-efficient Transmitter Coil」は、服やソファなどの布製品を充電器に仕立て、その周辺のデバイスにワイヤレスで電力伝送する繊維ベースの給電システムだ。
今回は衣服を送電コイルに構築し、人体に安全なレベルで、着用者が持つスマートフォンや身に付けているスマートウォッチなどの機器に効率的な無線給電を実現できたという。
繊維ベースの充電器(コイル)はこれまでにも研究されてきたが、衣服の着用感を維持するために、抵抗率の高い柔軟な導電性の糸が使われており、標準的なワイヤレス充電器よりも給電効率が大幅に低かった。
一方で、エネルギー効率の高いワイヤレス充電器を衣服に埋め込んだデバイスでは、充電器が硬くなり衣服の着用感が著しく損なわれる上、コイルから発生する強い電磁場が人体に浸透するため人体との電磁的干渉を招く可能性があった。
これらの課題を解決するために今回は、衣服の着用感を維持しつつ、安全でエネルギー効率の高い、身体規模の無線電力伝送を可能にする繊維ベースの給電システムを提案する。これは抵抗率の低い液体金属入りのシリコンチューブと、衣類近傍へ強い電磁界を閉じ込めるコイル構造とを組み合わせて実現する。
従来の導電性の糸とは異なり、液体金属入りシリコンチューブは低損失で伸縮性があるため、着用感を損なわずエネルギー効率の良い送信(TX)コイルを実現する。また、人体に安全なコイル構造を採用しており、人体との電磁的干渉を抑えながら衣服の近くにある受信(RX)コイルに数ワットのエネルギーを送信する。
提案システムは、シリコンチューブ内に注入した液体金属を主成分とする送信(TX)コイルを用いることで、着用感を損なわずエネルギー効率の良いシステムを実現した。バッテリーを含む電源モジュールをこのTXコイルに接続すればセンサーなどのウェアラブルデバイスに給電が可能だ。
コイルを時計回り・反時計回りを交互に繰り返しながら配置するという同グループ独自の提案構造を用いることで、体内では互いに打ち消し合う向きに磁界が生じる一方で、衣服近傍では互いに強め合う向きに磁界が生じ、人体への電磁場干渉を下げることが可能になった。
このニット自体も編み機を用いて同グループで編んだという。液体金属入りチューブを入れる部分は耐切性のある特殊糸(ツヌーガ)で筒状に編まれており、液漏れや切断を防いでいる。
実験では、身体規模のTXコイルと小型の受信(RX)コイルのサイズ比が100:1であるにもかかわらず、DC-to-DCの給電効率は約25%で衣服上のRXコイルに約2.5Wを伝送できることを示した。この無線給電の体内への磁界強度は、人体への電磁界(電磁波)暴露に関する国際ガイドライン(ICNIRP:international commission on non-ionizing radiation protection)が定める参考レベルを下回った。
この結果から、人体への安全を確保しつつ周辺機器への数ワット程度の無線給電が可能であると分かった。これはスマートフォンを充電するのに十分な電力だ。デモでは、スマートフォンへの給電に加え、スマートウォッチやネックファン、複数のLEDなどへの給電に成功した。
今後は、体格差による電力伝送能力への影響、長期間使用した際の着用感、耐久性の影響をユーザー調査したいという。さらに量産に向け、時間とコストがかかる手作業工程を排除した編み技術で簡略化を目指したいという。
今回は送電コイルを衣服へ搭載したが、ソファやベッドなどの他の布製品に搭載しても機能する可能性があるため、ソファに座りながらやベッドに寝ながら身に付けたデバイスを充電するシナリオも考えられるという。
動画はこちら。
Source and Image Credits: Ryo Takahashi, Wakako Yukita, Tomoyuki Yokota, Takao Someya, and Yoshihiro Kawahara, “Meander Coil++: A Body-scale Wireless Power Transmission using Safe-to-body and Energy-efficient Transmitter Coil”, nominated as Best Paper Award at ACM CHI 2022
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