証券会社がスタートアップ支援の中身を変え始めた。新規株式公開(IPO)だけでなく、M&A(合併・買収)による出口戦略なども柔軟に提案。スタートアップの資金調達の選択肢を広げる取り組みも出始めた。日本のスタートアップの多くが小粒のまま上場し、機関投資家マネーを取り込めずに成長に必要な資金を市場から調達できないケースが目立つ。負の循環を断ち切り、企業価値をじっくり高める事例を増やすことができるのか。各社の動きを追った。(山田邦和)
設立3年で累計230億円超を調達し、注目されるスタートアップがある。蓄電池事業を手がけるパワーエックス(東京都港区、伊藤正裕社長CEO〈最高経営責任者〉)だ。蓄電池を多数搭載した電気運搬船による再生可能エネルギーの輸送など独創的なビジョンを掲げ、数十社の大企業が出資する。
だが設立当初は理解が得られず、ベンチャーキャピタル(VC)などに出資を断られ続けた。例外が三菱UFJモルガン・スタンレー証券(MUMSS)。同社スタートアップ・アクセラレーション部(SAT)の高橋照典部長は「電池業界の常識にとらわれない発想や(過去にもベンチャーを立ち上げた)伊藤社長が着目したビジネスであることに可能性を感じた」と話す。
パワーエックスも「技術的能力に加え、当社が資本集約型のビジネスモデルのため金融機関からのサポートが重要という点まで理解していただきありがたかった」(フェンディ・チェンCEOオフィスシニアマネージャー)と振り返る。
MUMSSはパワーエックスのフィナンシャルアドバイザー(FA)を務め、設立間もない国内未上場企業向けでは異例の50億円超(2022年8月時点)の出資につなげた。「IPO以外にも幅広い提案ができるSATの特性を生かし、従来とは全く違う着想を使ったことなどがプラスに働いた」(高橋部長)。
パワーエックスはその後も資金調達し、岡山県玉野市に蓄電池工場を建設した。24年にも量産を始める予定だ。「日本のモノづくり力は今も強い。今後も『モノづくりがベースの有望なスタートアップ』が大きく育つ手伝いをしたい」(同)。
大和証券グループが4月に都内ホテルで開いたスタートアップのマッチングイベント。交流会場の一角で参加者と言葉を交わす川原朋子・大和ブルーフィナンシャル社長の姿があった。「約束通り、明日打ち合わせに伺いますね」。川原社長に声をかけたのはインバウンド向け旅行サービスなどを手がけるWAmazingの加藤史子社長CEOだ。川原社長も笑顔で応じる。
大和ブルーフィナンシャルは大和証券グループ傘下でスタートアップ向け融資を手がける。WAmazingにも融資の実績がある。加藤社長CEOは「(年度予算の縛りがある)地方自治体などとの仕事は受託と支払いの時期が離れているため先行投資になりがち。大和ブルーフィナンシャルには過去にピンチを助けてもらった」と振り返る。
融資、キャッシュフロー重視
大和ブルーフィナンシャルの融資額は1000万円―3億円と小口で、融資期間は原則最長1年。金利は年7―15%だが大和社内で資金調達するメリットも生かし、申し込みから約1カ月で資金実行を行う。
スタートアップにとって資金繰りの不安定さは付きものだ。だが決算書や企業規模などを重視して審査する銀行からの融資は受けづらく、資金調達の主軸は増資が中心。一方、大和ブルーフィナンシャルが最重視するのはキャッシュフローで、赤字や債務超過だけを理由に融資を断ることはない。スタートアップにとっては増資ではない形の資金調達がしやすくなる。「大和証券グループにはIPOやビジネスマッチングを支援する大和証券、VCの大和企業投資などがある。スタートアップが大きく成長出来るように成長のバトンをつなぎ、グループで支えたい」(川原社長)。
IPOを“ゴール”にせず
野村証券はプロの投資家向けに非上場株式の個別銘柄販売を始めた。第1弾として金属を印刷する独自技術を使い電子回路基板の量産化を手がけるエレファンテックなどスタートアップ2社の株式80億円を販売した。
野村証券が活用したのが特定投資家(プロ投資家)向け銘柄制度(J―Ships)と呼ぶ、未公開株などを流通できる仕組み。個人の富裕層も一定の知識や経験、資産規模の条件を満たすとプロ投資家に認定される。
同社は従来の上場株式や投資信託に加え、「未公開株などプライベートアセット(未公開資産)の販売や運用に力を入れている」(神作秀和執行役員)。今回のスタートアップ株式の販売も同戦略に沿ったものだ。スタートアップも資金調達の選択肢が広がればIPOを急がずに済み、企業価値が小さいままIPOする小粒上場の解消につながりやすくなる。野村証券も今後同様の取り組みを続けていく考えだ。
23年4月にIPO担当の「企業公開本部」を「プライベート・コーポレート・ファイナンス本部」に改組したSMBC日興証券。改組後の同本部が手がけた案件の一つが未上場株を売買するセカンダリー取引関連だ。人事管理クラウドソフトを手がける国内スタートアップのHRブレインに欧州大手ファンドのEQTが出資した際、助言役を務めた。
共同本部長の坪井均執行役員は「日本でスタートアップコミュニティーの拡大を阻むミッシングピース(欠落部分)の一つがセカンダリー市場の不在。スタートアップが時間をかけて企業価値を成長させられるようにセカンダリー取引を広げる必要がある」と話す。現在SMBCグループ内でセカンダリーマーケット向けファンドの設立についても研究している。「今後も難易度の高いディープテック案件など、社会の前進に貢献する案件に挑戦してスタートアップコミュニティーに貢献し続けたい」(坪井氏)。
スタートアップのIPO支援をゴールと捉えず、長い目で投資銀行の機能を積極的に提供していく姿勢はみずほ証券も同様だ。同社では現在、イノベーション企業戦略部がスタートアップ支援を担う。バイオテクノロジーやディープテックなどの先端分野を専門とする20人が在籍し、分析や提案ができる手厚い体制を他社に先駆けて整えた。
沖島章浩イノベーション企業戦略部長は「スタートアップの技術を生かせる有望なビジネス分野の紹介など、事業面でのアドバイザー的役割も目指している。みずほグループの総合力を生かし、将来のM&Aも視野に入れた大企業とのマッチングも行っている」と話す。
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