大嶋 田菜(ニューヨーク在住フリージャーナリスト)
観光客のいないチャイナタウンの大通りで、商店の店主らは必死になって「2枚で35ドル」と価格を値引き、土産を売ろうとしている。「アイラブニューヨーク」の文字が印刷され、品質があまりよくない割には値段のやや高いTシャツ、マグカップ、キーホルダーや野球帽などを店頭に出して、お客が来るのを待っている。隣の店では、土産であるエメラルドグリーンの「自由の女神」が、濃赤と金色のどぎつい色の看板に囲まれているために地味な色に感じられ、黄色いおもちゃのタクシーのみが周囲に馴染んで並んでいる。
道はかなり混んでいて人通りは多いが、誰も土産を買おうとしない。今まで土産を買っていた観光客はコロナでいなくなり、地元の人は土産を買っても仕方ない。チャイナタウンでは食事も取るのも不便になったにもかかわらず大勢の人がいるが、どこで何をするために来ているのか不思議だ。
コロナのパンデミックが2月ごろに発生したとき、マンハッタンのなかでもチャイナタウンがもっとも辛い思いをしたに違いないだろう。新型コロナウイルスは中国からきたウイルスだということで、チャイナタウンは急激にお客を失った。
「あなたたちは漢方で治すんだって?医者にも行かないくせに」「健康保険ももってないで、どうするんだ」など、中国人に向けた嫌がらせは米国中に広がり、人種差別が原因となった「イジメ事件」が何百件も報告された。この状況を見てあわてたデブラジオ・ニューヨーク市長は、「ニューヨークのアジア人を守りましょう」とキャンペーンを始めた。
そのおかげだろうか、もともと差別の少なかったニューヨークでは、イジメも嫌がらせも今ではだいぶ少なくなっている。チャイナタウンの感染者はもともと多くなかった、いずれの店も最近までずっと閉じたままであった。
マンハッタンのチャイナタウンは町の古い部分であるダウンタウンにあるため、狭い通りばかりで、いつもゴミゴミしている。アウトドア・ダイニングが完全に実施不可能とまではいえないが、難しいことはたしかだ。
道端にはテーブルを並べる場所がなく、テーブルを置かなくてもほとんど歩く隙間がなく、お客を座らせる場所が取れないため、ほとんどの店はデリバリーのみで営業している。
コロナの恐怖がまずまず収まった今、中華料理を食べに来る人は徐々に増えており、ほとんどの顧客は中国系やアジア系の若者だ。自身でつくるのが大変な点心や北京ダックを持ち帰ったり、ロックダウンの少し前に開店したばかりのたい焼き屋の前で立ち食いをしたり、今は閉店してしまったスポンジケーキの人気店の隣の中華風ベーカリーで、それと似たようなスポンジケーキを買ったりしている。
出来立ての豆腐やおかゆ、飲茶、5ドル定食、ニューヨークで一番の品ぞろえを誇る魚屋は、今も健在だ。物価の高いマンハッタンの中心部には、チャイナタウンほど安くておいしいものが食べられるところはほとんどなく、ほんとうにありがたい場所だ。筆者はチャイナタウンがようやくにぎやかになってくれ、心が安らいでいる。
(つづく)
<プロフィール>
大嶋 田菜(おおしま・たな)
神奈川県生まれ。スペイン・コンプレテンセ大学社会学部ジャーナリズム専攻卒業。スペイン・エル・ムンド紙(社内賞2度受賞)、東京・共同通信社記者を経てアメリカに渡り、パーソンズ・スクールオブデザイン・イラスト部門卒業。現在、フリーのジャーナリストおよびイラストレーターとしてニューヨークで活動。
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November 30, 2020 at 12:46PM
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