連載:リモートワークを止めないSaaS
筆者は3年以上前からリモートワークを実践。現在、経営している会社でも全従業員がリモートワークで働いていて、業務を滞りなく進めるためにさまざまなITツールを活用している。本連載では、リモートワーク下において生じる課題に対して、ITツールを活用して対応するための方法を具体的に解説したい。
2020年の年末調整、読者の皆さんは、紙の書類で会社に提出しただろうか。それともスマートフォンやパソコンからの入力で完結しただろうか。ペーパーレス年末調整を導入しているかどうかが、従業員から選ばれる会社になる条件の一つになりそうだ。
電子申請が義務付けられた年末調整
年末調整は、1年分の徴収すべき所得税を再計算し、毎月の給料で既に徴収した額との差額を調整する仕組みである。毎月の給与明細では「所得税」の欄で一定額が控除(源泉徴収)されているが、これは給与額から算出された概算金額であるため、1年間の所得金額を集計した上で正式な年間所得税額を計算する必要がある。
また、毎月の給与計算上は考慮されていない各種控除(生命保険料、地震保険料、住宅ローン、小規模企業共済等掛金)の金額を取り込むことと、配偶者や扶養親族などの状況変化などの反映漏れがあった場合の再計算についても、年末調整を行うことで、適切な所得税額になるように調整される。
実は20年度からこの年末調整に関する電子申請の義務化要件が厳しくなっている。年末調整の結果として作成した源泉徴収票などの法定調書は、会社から全従業員分を税務署や各自治体に提出する必要があるが、19年度までは「1000枚以上」の場合は電子データでの提出が義務付けられていたが、20年度からはこの要件が「100枚以上」まで一気に引き下げられたのだ。
税務署や自治体側も紙で提出された大量の書類を処理するには膨大な手間がかかるが、それが電子データになっていればエラーチェックや集計も容易に処理できる。この電子化要請の流れの中で広まってきたのが、ペーパーレス年末調整と呼ばれるスマホやパソコン上から行える年末調整の手続きだ。
ペーパーレス年末調整
年末調整は労務業務の一大イベントであるため、例年10月ごろから労務管理SaaSの広告活動が活発化する。ここ数年はSmartHRとオフィスステーションがペーパーレスを前面に出したテレビCMを行っているため、ご覧になった方も多いだろう。
年末調整の際に記入する書類は年々複雑化している。20年度には、所得金額調整控除という新しい概念も登場した。記入欄も小さく言葉も難しい上に、そもそも何を書けばいいのか分からないなど、多くの従業員にとってはなかなか取り掛かる気になれない書類だろう。
企業の労務担当者にとっても、年度末に全従業員の書類を回収、チェックし、集計をしなければいけない年末調整の手続きは、非常に煩雑だ。これを解決するために考え出された機能が「ペーパーレス年末調整」だ。
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ペーパーレス年末調整とは、紙の書類を使わずにパソコンやスマホで年末調整を完結させるサービスを指す。単にシステム上で年末調整書類を入力させるのではなく、氏名や生年月日、住所、扶養情報などは労務データベースを参照することで入力不要にする、なるべく平易な言葉を使ったアンケートに答えているうちに必要項目が埋まっている、生命保険料などは昨年度のデータをそのまま保持しておく──など、デジタル化による恩恵を受けられるようにかなり工夫がされている。
年末調整全体の処理から考えると、書類の回収とチェック作業はまだ工程の半分にすぎない。労務部門では書類を回収した後、1年間の給与額を集計し、年末調整で収集した情報を加味した上で年間所得税額を確定させ、差分の調整額を計算し、12月の給与支払い時に精算する。これらを全従業員分行った上で、税務署や自治体に提出する法定調書を作成する。とてもじゃないが紙やExcelで行えるようなものではないため、専門の労務ソフトが必要になり、社労士や税理士などの外部の専門家に丸ごと委託している会社も多い。
後半の集計・計算や法定調書の作成については、専門家向けのソフトはかなり昔から存在していたし、一定規模以上の企業では社内でソフトを購入して年末調整の計算や法定調書の作成を行ってきた。しかし、従業員向けの前半部分については紙でのやりとりがずっと続いてきたため、効率化されることはなく放置されてきたが、SaaSが普及する中でペーパーレス年末調整という解決策がようやく提示された形だ。
コロナ禍で出社を制限している企業も多く、在宅勤務をする人も増えている。この環境下で、従来の方法で年末調整の書類を配布し、回収しようと思うと、郵送するか出社してもらうしかない。従業員、労務担当者双方にとってペーパーレス年末調整はメリットしかない仕組みであり、このタイミングで導入ができない企業はデジタル化についてかなり消極的だといえるだろう。
DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉を至るところで聞くようになったが、経営陣が本気でDXに取り組むつもりかどうかが「年末調整がペーパーレスかどうか」で分かるといっても過言ではない。デジタルシフトができない企業は生産性が上がらずに確実に衰退していく。年末調整すらもデジタル化できない企業は、従業員から選ばれない──という価値観が、そんなに遠くない将来に一般的になるのではないかと筆者は考えている。
執筆者 武内俊介
株式会社リベロ・コンサルティング代表取締役、税理士、業務設計士。金融の企画部門、会計事務所、ベンチャーの管理部門を経て現職。徹底した現場ヒアリングにこだわり、CRMの構築から会計データへの連携・活用までの一気通貫した業務とシステムの設計を提供している。
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