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Sunday, June 13, 2021

なくなる前に乗っておきたいクルマ第1回──「MTのポルシェ911」 - GQ JAPAN

「気持ちよくあるため」にこそクルマに乗っている

「列車の座席手元に小さな灰皿が収納されていて、乗客はそれを使って客車内でタバコを吸うことができた」「雇用に関する男女の区別(要は差別)が、大企業においても公然と行われてた」

そういった事象は、いつしか世の中から消えてなくなった。そして近ごろの若い人に「ちょっと前まではそうだったんですよ」と言っても、おそらくは「いやまさか(笑)」と、信じてもらえないのではないかと思う。

こちらはタイプ991の前期型、タイプ991は2011年に登場、国内では同年の東京モーターショーでお披露目された。

© 2010

もちろん列車内での喫煙も男女差別も、好ましからざる、消滅して然るべきタイプの悪習ではあった。

だがそれはそれとして「好ましいもの」も徐々に消滅しつつあるのが、我々が生きている昨今の社会ではあるはずだ。

たとえば、クルマにおける「マニュアルトランスミッション」である。

オートマチックの変速機が格段の進歩を遂げた今、日常の使用においてマニュアル式の変速機にこだわる意味はさほどない。そしてレースやラリーの世界においても、今や変速機の主役はオートマチックだ。なぜならば「そのほうが速いから」である。

しかし我々アマチュアドライバーは、F1に出てる人などと違って「速く走るため」ではなく「気持ちよくあるため」にこそ、クルマに乗っている。

タイプ991の前期型、ベーシックグレードのカレラ。GT3などの特別なモデル以外、国内では自然吸気エンジンを搭載する、カレラ/カレラS、4WDのカレラ4/カレラ4SにMTがラインナップされた。

その意味においては、コンマ数秒の変速の遅れなどは「どうでもいい」としか言いようがなく、できれば──もちろんドライバーの全員がそう思うわけではないだろうが──いかなるときも自分の意思と自分の操作でギアを選択できるマニュアルトランスミッションのクルマに乗りたいのである。

だが、それもなかなか難しい時代になってきた。

なにせあのポルシェ911ですら、現行モデルではマニュアルトランスミッションを選択することができないのだから。

日本には導入されていないが、本国などではカブリオレなどにもMTが用意されていた。

© Porsche AG

現行911は“すべて”のモデルが「オートマ」に

ポルシェ911というクルマ自体については、聡明なるGQ読者各位に対して今さら過剰なご説明は不要だろう。1960年代のドイツで誕生し、「リアエンジン・リアドライブ」というレイアウトと「第一級のスポーツカーであると同時に、実用的なクルマである」という基本姿勢をかたくなに守りながらも、時代時代に応じたアップデートを重ね、今なおアップデートされ続けている名車である。

そしてポルシェ911は、当初は(時代的に当然ながら)マニュアルトランスミッションのみのクルマとして誕生し、その後は「MTのほかにオートマチックトランスミッションも用意します」というスタイルに変わっていった。

2015年(国内では2016年)に発表されたタイプ991の後期型。これまで自然吸気エンジンを搭載していたカレラ/カレラSに3リッターツインターボを採用している。

© Copyright by Steffen Jahn 2015

さらにその後は「ほとんどのお客様はオートマチック(ダブルクラッチ式の2ペダルMT)をお選びになりますが、弊社はスポーツカーの会社ですので、当然ですがMTも用意しております」というニュアンスに変わったわけだが、「ポルシェ911にマニュアルトランスミッションが用意されない」という事態は、想像すらできないことだった。

しかし日本では2019年8月に発売された現行型(タイプ992)においては、ついにすべての911が「オートマ」になった。

こちらはタイプ991後期型、クーペのカレラS。GT3など以外では、国内には後期型も引き続きカレラ/カレラS、4WDのカレラ4/カレラ4SにMTがラインナップされていた。

いや補足をすると、ドイツ本国では2020年4月以降、一部のモデルで無償メーカーオプションとして7速マニュアルトランスミッションを選択できるようにはなっている。だが日本市場にその無償オプションが導入される気配は(今のところ)なく、依然として現行型のポルシェ911は「オートマのスポーツカー」であり続けているのだ。

前述したとおり「速く走る」ためには、わざわざ手と足で変速するよりもダブルクラッチ式の変速機に任せるほうが合理的であり、また「気持ちよさ」においても、ひと昔前のトルクコンバータ式ATと違って、最新のポルシェ・ドッペル・クップリング(8速PDK=2ペダル式のMT)はまったく問題がない。

だが、人間というのはときに非合理を求めるものだ。

速さにおいてはまったく問題がなく(むしろ手動式よりも速い)、情緒の面でもまずまず許せるはずの8速PDKではなく、あえてかったるくて遅い「マニュアルトランスミッション」を選びたくなるときもあるのだ。

だが現行型のポルシェ911では「それ」を選ぶことはできない。そしてこの傾向は911に限らず、多くのクルマにおいて加速していくはずだ。マニュアルトランスミッションを採用する新車は、選びたくても選べない時代がやってくる──というか、すでにそういった時代になったのである。

タイプ991後期型の4WDモデル、カレラ4S。後期型には電子油圧制御4WDを採用、後輪駆動モデル同様にPASMが標準化されている。

先代前期モデルなら自然吸気エンジンをMTで楽しめる

だが、今のところはまださほど悲観する必要はない。なぜならば、ここ日本では「十分整備された中古車市場」という便利なタイムマシンが、ごく普通に機能しているからだ。

新車ではなくユーズド物のポルシェ911に目を向けてみれば、例えば先代(991型)の7速マニュアルトランスミッション搭載物件を入手できる。

© Right Light Media

しかも先代の前期型であれば、マニュアルトランスミッションだけではなく「自然吸気ガソリンエンジン」という、これまたダウンサイジングターボエンジンやハイブリッド、あるいはEVに押されて今や絶滅寸前となった良きモノも、おまけとして付いてくる(いやおまけというより、むしろこちらが本筋と言えるかもしれないが)。

ということで、これにてめでたしめでたし。世の中の大半がオートマチックトランスミッションやダウンサイジングターボ、あるいはEVなどを選択しようとも、それを良しと考えない人間はひたすら中古車道を歩めば良いだけの話である──とはならないのが、この話の難しいところだ。

どういうことかといえば、中古車においても「それ」はもはや希少なのだ。

先代ポルシェ911の中古車は2021年5月現在、全国で300台ほどが流通しているが、そのうち7速MTの物件は約30台、つまり1割ほどしか存在していない。

しかもその約30台のうち20台ぐらいは、「GT3」や「R」などの超絶スペシャルモデルであるため、普段づかいにはまったく向かない。

2017年に追加設定された、軽量化されたピュアスポーツバージョンのカレラT。本国では7MTもセールスポイントであったが、国内にはPDKのみが導入された。

「第一級のスポーツカーであると同時に、実用的なクルマである」というポルシェ911の本筋にあたるカレラ系のMT車は、たったの10台ほどしか流通していないのだ。

しかも……2015年途中までの「自然吸気エンジン」を搭載している個体は──筆者が調査を行った5月半ばの某日時点では──全国でたったの1台しか販売されていない。

「まぁそのうちいつか、自分もマニュアルトランスミッションに回帰してみよう」

そう思っておられる各位もいるだろう。

現行911(タイプ992)で、国内で唯一MTが用意されるのは、サーキットを重視したハイパフォーマンスモデルのGT3。0-100km/h加速はPDKの3.4秒に対し、MTは3.9秒となる。価格は2296万円。

だが、時代は思いのほか速く変化している。そのため、「そのうちいつか」は決して達成されることのない幻のまま終わってしまう可能性も、今となってはある程度高い。

「買うなら今!」「さぁ、急げ!」みたいな安っぽいことを言うつもりはないし、言いたくもない。なぜならば、カッコ悪いからだ。

しかし──言わざるを得ないのかもしれない。

マニュアルトランスミッションのポルシェ911を買うなら今だ。さぁ、急ごう。

文・伊達軍曹 写真・ポルシェジャパン 編集・iconic


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