英国在住の大学教員で元毎日新聞記者の中川紗矢子さん(41)が、子どもを性被害から守るための絵本「パンツのなかのまほう」(絵・出口かずみさん)を刊行した。子どもは性被害に遭っても大人に打ち明けづらく、被害が長期化することもある。子どもが性被害から身を守るすべを分かりやすく描いた絵本を作った中川さんは、「子どもを守るためのツールとして役立ててもらいたい」と力を込める。【坂根真理】 ◇「まほうをぬすまれないように」 「こどもはみんな、パンツのなかにまほうがかくされているの。おとなになったとき、つかえるまほうだよ」「だけどね、まほうどろぼうがねらっているの!だから、おとなになるまで、ぬすまれないようにまもってあげて」。 絵本では、三角帽子をかぶったリスが、双子の男女の子どもにパンツの中を狙う「魔法泥棒」がいることを伝える。性別に関係なく、いつでもどこでも性被害に遭う可能性があるためだ。 魔法泥棒は「まほう」を盗むと「ほかのひとにいうな」などと口止めしようとする。「まほう」が盗まれた時、大人に伝えても信じてもらえない場合があるため、リスは子どもたちに、あきらめずに他の大人に言うことで、「まほう」を取り戻すことができると、アドバイスする。 実際の性犯罪でも、加害者は「他の人には言うな」と脅したり、「内緒だよ」と約束させたりする。子どもは「大人の言うことは聞かないといけない」などと思ったり、嫌な気持ちを言葉にできなかったりして大人に被害を打ち明けることが難しい。また、被害を訴えても大人側が話を信じないこともある。性被害はますます潜在化し、救済されないままの子どももいる。 絵本では、巻尾で大人に向けたメッセージを掲載し、絵本を読む度に「(パンツの中を触られるなど)『嫌だな』と思ったら、誰が相手でも、どんなときでも『嫌だ!止めて!』って言って、いいんだからね」などの話を子どもに伝えるよう求めている。 中川さんは「子どもを性の対象にする人は、子どもに接触できる職業や立場を狙う傾向があり、性犯罪者がいるという前提で対策をする必要がある。たとえパンツの中を触られ『他の人に言うな』と脅されても、助けを求めること。話を信じてくれなくても、あきらめずに他の大人に言い続けてほしい」と話す。 ◇丹念な取材が作品の土台に 作品の原点は記者時代にさかのぼる。2003年、千葉県浦安市の市立小学校で、軽度の知的障害がある女子児童が、教員から繰り返し性暴力被害に遭いPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症する事件が起きた。 千葉支局員だった中川さんは、被害に遭った女子児童や保護者にも会って話を聞くなど丹念に取材。女子児童は「ばらしたら家族を殺す」などと脅迫され続けていた。スカートをはかなくなったり、下校後すぐにシャワーを浴びたりすることを不審に思った親が話を聞いたところ、「胸を触られた」などと娘が明かしたことで被害が発覚したという。 教員は強制わいせつ罪に問われたものの、「被害を受けた時と場所に関する(検察側の)立証が不十分」などの理由で無罪となった。判決文は「わいせつ被害を受けたとの証言は疑問を挟む余地がないように思われる」とまで言及したが、教育委員会は教員の懲戒処分を見送った。中川さんは「知的障害を持つ児童の証言の信用性を、健常者の大人と同じやり方で評価するのはおかしい」と、強い疑問を感じた。 一方で、民事訴訟を起こした家族は「金目当てで裁判をやっている」などのバッシングを受けた。インターネットに住所や電話番号まで書き込まれ、引っ越しを余儀なくされた。女子児童の妹は不登校になったという。 中川さんは「なぜ被害者側がこれほどの損害を受けないといけないのか」と憤りが募った。女子児童の母親が落胆してつぶやいた一言が今も忘れられない。「(判決は)障害者には何をしてもいいと言っているようなものですね」。 ◇誰もが被害者になる恐れ 中川さんは、12年に記者を辞めてからもずっと、子どもへの性暴力問題を注視し続けてきた。浦安市の事件後も、教員など指導的立場にある大人による園児や児童・生徒への性暴力のニュースは後を絶たない。 内閣府が20年、全国の20歳以上の男女に行った調査によると、「無理やり性交などをされた」と答えた男女は24人に1人いた。そのうち、加害者が「全く知らない人」だったのは1割だった。 子どもの性被害を調べた英国の調査でも、同様の傾向が示されている。加害者は、家族や親戚、教師やスポーツの指導者など「顔見知り」の大人であることが多く、子どもが被害を訴えにくい要因の一つになっているのが分かる。 「絵本にして性被害への対処方法などを具体的に伝えることが、子どもを救うことになる」と信じ、自ら絵本の企画書を書いて出版社に持ち込んだが「出版社として保育園などに営業することを考えると、問題がある(内容である)」などとして、何社も断られたという。子ども向けの絵本で性被害を扱うことに否定的な反応があり、「売れないのでは」などといったことが理由のようだった。 それでも出版を諦めなかったのは、性被害が子どもの人生に与える影響の大きさを知っているからだ。「子どもが性被害に遭うと、その後の長い人生を、とてつもない苦しみの中で生きることになる。子どもは幸せな子ども時代を送る権利がある」 性被害という重いテーマだが、子どもが楽しく読める物語にし、明るいトーンにすることにもこだわった。絵本はこんな子どもへのメッセージで始まる。「すべての こどもたちへ しあわせな こどもじだいに なりますように」 巻末には、大人向けに、子どもの性暴力被害の実態や、被害に遭った子どもたちの感情や行動面や体に表れるサイン、相談先の一覧なども掲載した。 自治体も絵本に関心を示し、札幌市や千葉県市川市は購入予定。札幌市は「幼稚園などに配りたい」、市川市は「教員による児童生徒へのわいせつ行為が問題になっている。絵本は時流に沿ったものだ」と評価する。 売り上げは子どもを性暴力被害から守る活動をする支援団体に全額寄付をする。1760円。問い合わせは、かもがわ出版(075・432・2868)。 ◇中川紗矢子(なかがわ・さやこ) 毎日新聞記者を経て、障害者のアートをブランド化する事業を手掛ける。その後渡英し、英国エセックス大経営大学院を修了(マーケティング&ブランド・マネジメント)。現在は英国の大学でマーケティングを教える。社会的マイノリティーのイメージをブランディングの手法で戦略的に向上させ、スティグマ(差別・偏見)を取る方法を研究。1児の母。
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