日沖博道氏のプロフィール:
パスファインダーズ社長。30年にわたる戦略・業務コンサルティングの経験と実績を基に、新規事業・新市場進出を中心とした戦略策定と、「空回りしない」業務改革を支援。日本ユニシス、アーサー・D・リトル等出身。一橋大学経済学部、テキサス大学オースティン校経営大学院卒。
東芝は11月12日、社会インフラや半導体などの事業を3つの会社に再編し、会社を分割する方針を発表した。(1)発電や送変電、公共インフラ、ビルの省エネソリューション、ITソリューションなどを事業とする「インフラサービスカンパニー」と、(2)ハードディスク駆動装置(HDD)や半導体製造装置を事業とする「デバイスカンパニー」に事業を振り分け、さらに(3)半導体メモリー大手のキオクシアHDの株式などを管理する存続会社(ここが「東芝」の名を受け継ぐ)を別にする。それぞれ2024年3月期をめどに上場させる方針だ。
米ゼネラル・エレクトリック(GE)もほぼ同じタイミングで会社3分割を発表した。23年初めに医療機器部門を分割。24年初めには火力発電と再生可能エネルギー、デジタル部門を合わせて電力事業会社として分社化。本体には航空機エンジン事業を残すという。
米日用品・製薬大手のジョンソン・エンド・ジョンソンも東芝と同じ11月12日、日用品や市販薬を含む「消費者向け部門」と、処方薬や医療機器などの「医療向け部門」の2事業に分割すると発表した。
つまり先月には国内外で大型の会社分割が集中的に発表された訳だが、思い切った買収・経営統合を辞さない海外では、そのコインの裏返しとして大企業グループの中核企業が分割する例はそれなりに生じていた。
例えば有名どころでは米ヒューレット・パッカード(消費者・小企業向け事業と大企業向け事業で2分割)、米ダウ・デュポン(素材化学、特殊産業材、農業に3分割)、独バイエル(素材化学を切り捨てライフサイエンス会社へ脱皮する過程で何度も分離・統合を繰り返した)など幾つも挙げられる。つまり欧米では、大胆な分割・統合は戦略的な企業変身の有効な手段として認知されているのだ。
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ではなぜ東芝はこのタイミングで会社分割を決断したのだろうか。そこにどんな戦略的な狙いがあったのだろうか。
残念ながら、この分割を推進した会社側の最も有力な動機は「モノ言う株主」からの圧力に負けての後ろ向きな決断であり、要求した株主側の直接的な狙いはコングロマリット・ディスカウント(※)の解消だろうと推察できる。
※コングロマリット・ディスカウントとは、多くの事業を抱える複合企業(コングロマリット)の企業価値が、各事業の企業価値の合計よりも小さい状態のこと。投資家側にとって事業の全体像や相乗効果が見えにくく、複合企業の価値を精緻に評価するのが難しいことがその主要因とされる。
実際、会社分割発表時の東芝資料には企業戦略的な説明はほとんどなく、単にどう分割するのか、どう株式を配分するのかという財務技術的な側面の説明に終始していたため、「あまりに露骨なコングロマリット・ディスカウント対策だ」として話題(失笑の対象?)になったくらいだ。
東芝といえば、今年の4月に前CEOの車谷暢昭氏が古巣の英投資ファンドであるCVCキャピタル・パートナーズと組んで仕掛けた買収・非上場化策が「自己保身のため」と批判され、遂には辞任に追い込まれた騒動が記憶に新しい。その方策も、あまりにうるさい「モノ言う株主」の圧力から車谷氏が解放されたいがための奇策だったと推察されている。
車谷氏から再び経営のバトンを渡された格好の綱川智前会長・現社長を代表とする今の経営陣もまたこの半年、「モノ言う株主」の圧力に再びさらされてきたことは間違いないだろう。「どうやって企業価値を上げるのか、具体策を示せ。さもないと次の株主総会であなた方の再任はないぞ」と。
その際、会社(経営者)側が今回の分割案を発案したとは考えにくい。こうした金融財務に偏った方策を考え付くのは、いかにも「モノ言う株主」である投資ファンド会社の人たちの発想である。
つまり今回の会社分割策は、何とか投資回収策を模索していた「モノ言う株主」=投資ファンド会社が、東芝という素材を自分たち好みに調理して株主利益を最大化しようという思惑に溢れているものだ。言い換えれば、東芝という会社をよくしたいという発想ではなく、とにかくコングロマリット・ディスカウントを解消することで即効的な株式総額の増加という成果を得られると踏んだ、短期的視野から出た方策だと言わざるを得ない。
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しかし、だからといってこの分割が事業体としての東芝にとってまったくメリットがないかといえば、そんなことはない。事業会社のフォーカスが絞られることで業績改善に向かう可能性は確実に高まる、と小生は考える。
はっきり言って、東芝の経営陣にとって東芝という企業はあまりに事業内容が多様で複雑過ぎたため、その図体を持て余していたと言える。それが故に特にこの5年前後の間、東芝の経営は大いに迷走してきた。
それが会社分割されることで、2つの事業会社の各経営陣はそれぞれ、少なくとももう一方の事業体のほうの経営イシューからは解放される。また存続会社の一種の清算処理(キオクシアの株式などを管理しながら高値で売却する)という気苦労が多い仕事からも解放される。その分、自分たちが担当する事業に注意力を集中することができるようになる。
そうすれば顧客の事情や悩みもより深く知ることができ、より多く時間を使えるので解決のための知恵も湧くだろうし、事業配下の従業員の中の優秀な人材の発掘・抜擢もより適切・迅速にできるだろう。これこそがフォーカスの利点である。
結果的に各事業会社の業績は伸びる可能性は十分高く、トータルの株価総額もかなり改善するかもしれない。10年もすると今回の関係者からは「だから言ったでしょ」という自画自賛の声も聞かれるかもしれない。東芝社員のためにはそうなることを期待したい。(日沖 博道)
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