昨今、スーパーやコンビニエンスストアでは、「濃厚」「濃いめ」をうたう飲料を見かける機会が多い。そのジャンルは多岐にわたっており、乳酸菌飲料や果実のジュース、お茶に炭酸飲料、さらに発泡酒やサワー、ハイボールなどのアルコールまで実に多彩なラインアップ。なぜこれだけさまざまな、“濃い味”飲料が発売されているのだろうか? その理由を考察していこう。
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■2000年代以降、「健康志向」で進んだ飲料業界のトレンド
“濃い味”飲料の定着の理由を探る前に、まずは2000年代初頭の飲料市場のトレンドを振り返ってみよう。
1990年代初頭に起こったバブル崩壊以降、食のトレンドが低価格志向とともに健康志向へと傾く中、2000年前後に起きたのがテレビでの健康情報番組の流行。番組で健康のために良いと紹介された成分を含む特定の食品が、翌日には店頭から姿を消すという社会現象が続出し、巷では健康ブームが過熱していった。
このような消費者の健康志向の高まりを受けて、市場には健康を意識した商品が増加。飲料市場においても、緑茶飲料を中心としたいわゆる「無糖茶飲料」が好まれ、今も人気の『生茶』(キリンビバレッジ)や『お~いお茶』(伊藤園)などが大ヒットした。
さらに、糖の吸収をおだやかにし、血糖値の上昇を抑制する『番爽麗茶』(ヤクルト)や『健茶王』(アサヒ飲料)など、「特定保健用食品」認定、いわゆる「トクホ」の商品が市場に登場。2003年には、コンビニで手軽に買える『ヘルシア緑茶』(花王)が発売され、「トクホ飲料」は急速に認知され、人気を拡大していった。
この健康ブームは、お茶系飲料だけでなく、さらにバリエーションが拡大。2004年には、『1日分の野菜』(伊藤園)、『野菜一日これ一本』(カゴメ)など、1日の目標野菜摂取量の主栄養素を摂れる飲料がヒットしたほか、カロリーゼロをうたう炭酸飲料や、コーヒーも微糖・無糖タイプが次々登場し、人気を獲得。アルコール飲料においても、アルコール分0.00%のビールテイスト飲料など、健康を意識した商品が続出し、販売数を増やしていった。
この流れは、コロナ禍を経た現代にも続き、先述のような商品がロングセラーとなっているほか、「糖質ゼロ」の機能性ビール類が誕生するなど、現在も“体にいい”を売りにするさまざまな飲料が登場。各社好調な売れ行きをみせている。
■ストレスがかかると“濃い味”を求める? 抑圧された社会からの解放「自分へのご褒美」文化の浸透
2000年代以降、健康志向の飲料のヒットというトレンドへのカウンターのように市場に登場し、世間の注目を集めたのが“濃い味”飲料だ。
2003年、伊藤園が世に送り出した『お~いお茶 濃い味』は、2019年に機能性表示食品としてリニューアル発売(『お~いお茶 濃い茶』)する際、カテキンを多く含むことから“体脂肪を減らす機能がある”ことを前面に押し出し、売上がさらに増加。だが、発売当初は健康面での訴求よりも、“渋みのきいた濃いめの味わい”というこれまでにない“濃い味”を売りに発売。冬季限定の予定だったが、40・50代の男性を中心に予想を大幅に上回る爆発的なヒットを呼び、急遽、通年商品に変更されたというエピソードをもつ。緑茶飲料に“濃い味”が定着していく大きなポイントとなったことはいうまでもない。
実際に飲んでみると濃さを感じる飲料はそれまでも存在したが、商品の魅力としてそれを前面に打ち出してはいなかった、緑茶以外の飲料も、2015年に『カルピス』シリーズ(アサヒ飲料)から『夏のこく甘「カルピス」』(アサヒ飲料)が期間限定で発売。このヒットを背景に翌年以降も、『濃いめの「カルピス」』(アサヒ飲料)などを発売し、こちらも大ヒット。これ以外にも、「濃厚」「濃いめ」など濃さを売りにした飲料が続々発売され、その流れはアルコール飲料にも飛び火。発泡酒の『角ハイボール 濃いめ』(サントリー)、『濃いめのレモンサワー』(サッポロビール)など次々発売され、人気を獲得。飲料市場において、“濃い味”はその存在感を増していった。
では昨今、世の中は、なぜ“濃い味”の飲料を求めているのだろうか?その大きな要因といえるのが「自分へのご褒美」という価値観の浸透が挙げられる。先にも述べた通り、2000年代以降の健康志向という流れがあるなかで、健康を意識するとどうしても無糖や薄味になりがち。そうなると、反動で、濃厚で飲みごたえのある味が求められるようになるのは自然なことと言えるだろう。
また、人間の体にはストレスがかかると“濃い味”を欲するメカニズムがあるともいわれている。人間の体には、活動時に優位に働く交感神経系と安静時に優位に働く副交感神経系の2系統があり、普段はそれぞれがバランスをとりながら働いているが、強いストレスが加わると、交感神経系の働きが過剰になり、脳は副交感神経を優位にするべく味覚などの本能的欲求を満たすよう指令を出すというのだ。その欲求をより満たすのが “濃い味”と考えられている。また、ストレスがかかると唾液の分泌が抑えられることから、味が薄く感じられ、“濃い味”を求めてしまうという説もある。
健康のため、生活のために節制することを強いられる現代社会。コロナ禍も相まって、大きなストレスがかかる抑圧された世界で日常を過ごす自分を労い、少しだけ開放するときに、「自分へのご褒美」として“濃い味”飲料を手に取る。実際、「濃い味」飲料の商品紹介には、「ご褒美」や「贅沢」といった記載が見受けられるのも、健康志向へのカウンターから生まれる「自分へのご褒美」市場へのアプローチと言えるだろう。
■相反する“健康”と“濃い味”の両立への動き
ストレス発散、自分へのご褒美という利点がある一方で、“濃い味”には弊害があることも忘れてはならない。ソフトドリンクの“濃い味”には、“濃くない”方と比べ、同じ量でもカロリーが高い(炭水化物などの含有量が高い)ケースが多く、商品によっては砂糖などが加わっているものも。“濃くない”方と同じ感覚で飲むと、カロリーや糖分を余剰に摂取する可能性があるといえるだろう。アルコール飲料の“濃いめ”には、アルコール度数が高いものもあり、言うまでもなく“濃くない”方と比べて短時間で酔うので注意が必要になる。
また最近は、濃い味でも、カロリーゼロや糖質ゼロの商品も増えているが、食品表示法では飲料100mlあたりに含まれる糖質が2.5グラム以下であれば「糖質オフ」、0.5グラム以下であれば「糖質ゼロ」と表記できる。オフやゼロでもある程度糖質は含まれ、その量は350ミリリットルなら最大で8.75グラム。3本飲めば26.25グラム。これはポテトチップス50グラムと同じ糖質量。やはり、摂取する量に気を付けなければならない。
コロナ禍も相まって、ストレスを抱える現代人を癒やし、発散のツールとして大きな役割を果たしている“濃い味”飲料。昨今は、相反していた“健康”と“濃い味”の需要を同時に叶えた「濃くても健康によい」商品の開発に力を注ぐメーカーも多くなってきている。今後は、さらにさまざまな“濃い味”が登場し、私たちに、日常のささやかでぜいたくな楽しみと安らぎを与えてくれることだろう。
文/河上いつ子
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