Pages

Wednesday, June 8, 2022

ヤン ヨンヒ監督「スープとイデオロギー」…母の味・秘密・人生を抱きとめる[映画評] - 読売新聞オンライン

 大阪出身のヤン ヨンヒ監督は、自分の家族をめぐる映画を繰り返し作ってきた。本作は、母親をめぐるドキュメンタリーだ。

 ヤン監督は、在日コリアンの両親のもとに生まれた。朝鮮総連の熱心な活動家だった両親は、1970年代はじめ、兄3人を「帰国事業」で北朝鮮へ送り出した。日本に残ったヤン監督はやがて、大阪と平壌に分かれた自らの家族にカメラを向け始め、「ディア・ピョンヤン」(2005年)、「愛しきソナ」(09年)という親密なドキュメンタリーを撮り、記憶と思いを凝縮した劇映画「かぞくのくに」(12年)に引き裂かれた家族の絆を焼き付けた。そして、本作。これまでヤン監督の映画を見てきた人はもちろん、初めての人も、きっと心を揺さぶられる。向き合い続けることの意味を知る。

 父親が亡くなった後、大阪でひとり暮らしを続けてきた母親はある日、娘=ヤン監督にそれまで語ったことのない惨劇の記憶を語る。1948年、当時18歳だった母親は韓国現代史最大のタブーと言われる「済州4・3事件」の渦中にいた。

 娘は、母の生を改めて見つめる。家の中に飾られた写真。在日コリアンの歴史が積み重なった街。「地上の楽園」に行ったはずの息子たちのために借金をしてまで仕送りを続ける姿。母の日常風景の中には、ひと筋縄ではいかない記憶と感情が溶け込んでいる。

 そしてある夏の日、母は大きな鍋でスープを炊く。ヤン監督の夫となるカオルさんという男性を迎えるためだ。丸鶏の中に、高麗人参、なつめ、たっぷりの青森のにんにく。いろんな味が溶け込んで、いかにも濃厚。母の味、母の秘密、母の人生。ヤン監督はカオルさんと一緒に抱きとめていく。

 しまいこんでいた「4・3事件」の記憶を詳細に語った後、母の認知症が進み、心のよすがになっていたであろうものが、あふれ出してくる。家の中で既に亡くなった家族の姿を探し始め、北朝鮮の指導者をたたえる歌をふいに口ずさむ。この段階で多くの観客は思うだろう。家族への愛情はわかる。でも信仰にも似た「北」への思いは一体、何なのか、なぜ、ヤン監督の親たちはここまで北朝鮮を信じ続けてきたのかと。

 だが、その後、映し出される「旅」の時間によって「謎」は解けていく。知識だけでなく、自分の心と体を動かさなければわからないこと。それをこの映画は体感させる。私たちは肉親のことをよく知っていると思っているが、実は全然わかっていなかったと思い知らされることが、しばしばある。そうした秘密に手を伸ばすことは容易ではないことも知っている。そんな実感を重ねて見ると、この映画の意味、すごみは、いや増す。

 「かぞくのくに」に、北朝鮮から一時帰国した兄と日本に暮らす妹が街を歩くシーンがある。ショーウィンドーに並んだスーツケースに目を止めた兄は、妹に言う。「お前は、そういうの持っていろんな国に行けよ」と。妹は終幕、それと同じスーツケースをひとり、引いているのだが、今作の中でヤン監督はカオルさんと共にスーツケースをがらがらがらと引いている。一緒だからたどりつけるところがきっとある。一緒だからスープがおいしいし、母のレシピに、さらにいろんなものを溶け込ませていくことだってできるかもしれない。

 国家と個人の間に生まれる悲劇と共に、それに 拮抗(きっこう) する家族の愛を描き出してきたヤン ヨンヒ監督。本作はその進化形。違いを超えて共に生きることの価値もくっきりと浮かび上がる。音楽監督は、「JSA」「オールド・ボーイ」をはじめ名だたる韓国映画に携ってきた名手、チョ・ヨンウク。その旋律が、個人的なようで、実は大きな広がりを持つ、この作品によく似合う。(編集委員 恩田泰子)

 ■ 「スープとイデオロギー」 (韓国・日本)=上映時間:1時間58分、製作:PLACE TO BE、共同制作:navi on air、配給:東風

 ※6月11日から[東京]ユーロスペース、ポレポレ東中野、[大阪]シネマート心斎橋、第七藝術劇場、[京都]京都シネマ。ほか全国順次公開

Adblock test (Why?)


からの記事と詳細 ( ヤン ヨンヒ監督「スープとイデオロギー」…母の味・秘密・人生を抱きとめる[映画評] - 読売新聞オンライン )
https://ift.tt/d12yrDG

No comments:

Post a Comment