定年退職すると、健康保険の被保険者資格を失います。日本には「国民皆保険制度」があるため、次に加入する健康保険を自分で選択しなければなりません。選択によって保険料や給付内容が変わるので、悩まれる人も多いのではないでしょうか。この記事では、定年退職後に加入できる健康保険の四つの選択肢と、それぞれのメリット・デメリットについて解説します。
<目次>
1.定年退職後の健康保険はどうする? 四つの選択肢
定年退職後、75歳の後期高齢者医療制度が始まるまでの間、健康保険への加入義務があります。再就職する場合は再就職先の健康保険へ、完全にリタイアする、またはフリーランスとして働く場合も何らかの健康保険へ加入しなければなりません。加入しないと、原則、医療費は全額自己負担となってしまいます。
定年退職後の健康保険には、主に四つの選択肢があります。それぞれのメリット・デメリットをみていきましょう。
(1)健康保険任意継続制度を利用する
健康保険の任意継続制度は、退職前に加入していた健康保険に引き続き加入する制度です。任意継続できる期間は、原則2年になります。なお、2年後は特例退職被保険者制度や国民健康保険への加入を検討、あるいは家族の扶養へ入れるかを確認する必要があります。
〇メリット
・家族を扶養に入れることができる
・在職時とほぼ同じ内容の給付、保健事業サービスを受けられる
〇デメリット
・在職中、勤務先と折半だった保険料が全額自己負担となる
・退職後、原則2年しか加入できない
・保険料を滞納すると、加入資格を失ってしまう
①健康保険任意継続制度の加入条件
健康保険任意継続制度に加入するには、以下の条件を満たす必要があります。
・退職日までに健康保険の加入期間が継続して2カ月以上あること
・健康保険の資格喪失日(退職日の翌日など)から20日以内に申請をすること
※20日目が土日・祝日の場合は翌営業日まで
②健康保険任意継続制度を活用するための手続き
手続きは、退職日の翌日から20日以内に申請書類を提出しなければなりません。加入する健康保険によって具体的な手続き方法は異なります。 例えば、協会けんぽの場合、「任意継続被保険者資格取得申出書」を居住地を管轄する協会けんぽ支部に提出します。
必要添付書類は、以下の通りです。
・退職日が確認できる書類(任意、ただし無い場合は保険証の発行が遅れる)
・口座振替依頼書(口座振替を希望する場合)
・被扶養者届(扶養者がいる場合)
※状況により「扶養の事実を確認できる書類」が必要な場合あり
・本人確認書類貼付台紙(被保険者のマイナンバーを記載した場合)
申請後、保険証が手元に届くまで2~3週間を目安としておくとよいでしょう。また、保険証が届くまでの期間に医療機関で診療を受けて、全額を自己負担した場合は、届け出をすることで、後日払い戻しを受けられます。
保険料納付については、毎月納付書により納付する、一定期間分を一括して事前に前納する、毎月口座振替により納付する、の三つの選択肢があります。
ただし、前述の通り、各健康保険によって提出書類や手順、保険料納付方法が異なるケースが散見されます。加入する健康保険に事前に確認しておきましょう。
③健康保険任意継続制度を活用したときの保険料
健康保険任意継続制度は、退職後は会社が負担していた保険料を自己負担することになります。したがって、在職時の保険料の2倍ほどを目安にしておけばよいでしょう。ただし、上限があることや、協会けんぽの場合、居住地と退職した会社の都道府県が異なる場合には2倍とならないケースもあります。
協会けんぽの保険料は、以下の算出方法で計算します。
退職時の標準報酬月額 × 居住地の都道府県別保険料率
(参照:令和5年度保険料額表「任意継続被保険者の方の健康保険料額」)
なお、退職時の標準報酬月額が30万円を超えていた場合は、上限の30万円で計算します。
(2)特例退職被保険者制度を利用する
特例退職被保険者制度は、「組合健保」などといわれる企業や業界単位の健康保険の退職者向けの制度です。まずは、制度があるかを確認する必要があります。健康保険任意継続制度は最長2年間しか加入できませんが、この制度は75歳で後期高齢者医療制度に加入するまで継続できます。
〇メリット
・74歳まで加入できる
・家族を扶養に入れることができる
・在職時とほぼ同じ内容の給付、保健事業サービスを受けられる
〇デメリット
・在職中、勤務先と折半だった保険料が全額自己負担となる
・保険料を滞納すると、加入資格を失う
①特例退職被保険者制度の加入条件
特例退職被保険者制度に加入するには、以下の条件を全て満たす必要があります。
・当該健康保険の被保険者期間(加入期間)が20年以上、もしくは40歳以降10年以上ある
・老齢厚生年金を受給している、もしくは受給開始手続き中である
・日本国内に住民票を有する
・後期高齢者医療制度に加入していない
厳密には、健康保険組合によって加入条件は異なります。しかし、上記条件で統一されているケースが多い傾向です。
②特例退職被保険者制度を活用するための手続き
手続きや申請期限は、加入する健康保険によって異なります。参考までに一例を見ておきましょう。
所定の申請書類「特例退職被保険者資格取得申請書」の他に、以下の添付書類が必要となります。申請者の状況によって添付書類が異なることがあるため必ず加入する健康保険に問い合わせましょう。
・「住民票」の原本
・「国民年金・厚生年金保険年金証書」の写し
・本人確認書類の写し
・口座振替依頼書
・扶養申請書類(扶養者がいる場合)
提出期限についても、加入する健康保険ごとにルールが定められています。例えば、老齢厚生年金の受給開始年齢に達した日より3カ月以内、または、健康保険の被保険者資格喪失日から3カ月以内 、あるいは健康保険の被保険者資格喪失日から1カ月以内など健康保険によって期限が異なります。
③特例退職被保険者制度を活用したときの保険料
保険料の算出方法は、加入先の健康保険によって異なります。ただし、前掲の任意継続健康保険制度と異なり、退職時の月給(標準報酬月額)に関わらず加入者全員一律です。
参考までに一例を見てみましょう。
例)KDDI健康保険組合の場合
2023年度の保険料【標準報酬月額:38万円】
健康保険料・介護保険料共に全員一律
健康保険料 月額 3万4,580円
介護保険料 月額 7,448円
合計 月額 4万2,028円(年額50万4,336円)
上記の健康保険組合で、任意継続制度に加入した場合についても算出してみましょう。
退職時の標準報酬月額(50万円の場合)
健康保険料 月額 4万5,500円
介護保険料 月額 9,800円
合計 月額 5万5,300円(年額66万3,600円)
このように、二つの制度の保険料を比較することで、どちらの保険料が安いかを確認できます。
(3)国民健康保険に加入する
国民健康保険は、都道府県及び市町村などの自治体が運営しています。会社に勤めていないフリーランスや自営業者、仕事に就いていない無職の人が主な加入者となっています。
〇メリット
・単身者、かつ所得が少ない場合、保険料負担が低く抑えられる
・特定の加入条件はない
〇デメリット
・世帯人数が多いと保険料が高くなる(扶養という概念がないため)
・給付内容が他の健康保険に比べて薄い
健康保険には、「保険給付」と「保健事業」があります。保険給付では、一部の健康保険組合は医療費が高額になったときに、自己負担が軽減される付加給付を設けている場合があります。また、保健事業とは、健康増進・予防を目的とした措置です。健診や検診の費用を一部負担したり、会員制スポーツ施設の優待利用ができたりします(協会けんぽ以外)。以上の面から、国民健康保険以外の健康保険の方が概ね内容が厚いといえます。
①国民健康保険に加入するための手続き
国民健康保険に加入するには、退職日の翌日から14日以内に手続きをおこなう必要があります。申請先は住所がある市区町村の窓口になります。
必要書類は以下の通りです。
・職場の健康保険をやめた証明書(資格喪失証明書、退職証明書など状況に応じて)
・世帯主と加入する家族全員分のマイナンバーを確認できるもの
届け出の際は、実際に窓口を訪れた人の本人確認ができるもの、保険料口座振替用のキャッシュカードなどを持参しましょう。
なお、期日内に手続きができずに届け出が遅くなった場合でも手続き自体はできます。ただし、それまでにかかった医療費については、特別な事情がある場合を除き、全額自己負担となるため注意が必要です。
②国民健康保険の保険料
保険料は、国民健康保険に加入している人数、年齢、前年1〜12月の所得金額を元に世帯単位で算出します。定年退職後の翌年は前年の給与所得が含まれるため、保険料が高くなるケースが多いです。
ここでは、東京都新宿区の国民健康保険料 概算早見表を例に見ておきましょう。2022年の所得が給与収入500万円の場合、65歳未満の保険料は概算で月額3万5,937円(年額43万1,244円)になります。
具体的な計算方法や保険料率は市区町村によって異なります。自治体のホームページ上でシミュレーションできるケースもありますが、詳しく知りたいときは自治体の国民健康保険担当窓口に問い合わせをして確認しましょう。
(4)家族の扶養に入る
家族が勤務先の健康保険に加入している場合、扶養に入れるか確認しましょう。具体的には、健康保険の被保険者である家族の被扶養者になれるかです。
〇メリット
・保険料を負担する必要がない
・給付の内容や福利厚生サービスを利用できる
〇デメリット
・収入要件があり扶養に入れないケースも多い
①家族の扶養に入るための条件
扶養に入るためには、所定の条件を満たす必要があります。例えば、協会けんぽの場合、以下の条件をすべて満たす必要があります。なお、加入する健康保険によって条件は異なるため、参考としてみてください。
・家族によって生計が維持されている(同居・別居は問わない)
・同居の場合、年収180万円未満、かつ、被保険者である家族の収入の2分の1未満である
※上記の条件を満たさなくても年収180万円未満で家族の収入を上回らない場合は扶養に入れる場合あり
・別居の場合、年収180万円未満、かつ、収入が被保険者である家族からの仕送り額未満
・後期高齢者医療制度に加入していない
上記の年収には年金収入や雇用保険の失業給付も含まれます。また、60歳未満の場合は年収の条件が130万円未満となります。
家族を通して健康保険の扶養に入れる条件を確認してもらいましょう。
②家族の扶養に入るための手続き
扶養に入るためには、家族の勤務先を通して申請をおこないます。例えば、協会けんぽの場合は、事実発生から5日以内に提出するルールがあります。扶養に入れそうなときは早めに手続きをおこないましょう。
手続きは、届け出書類「健康保険被扶養者(異動)届」に記入のうえ、以下の添付書類が必要となります。
・続き柄確認のための書類(被扶養者の戸籍謄本など)
・収入要件確認のための書類(退職証明書や課税証明書など状況に応じた書類)
・仕送りの事実と仕送り額が確認できる書類(別居の場合)
(5)各選択肢の比較表
ここまで見てきた四つの選択肢を一覧表にまとめました。
選択肢 | 保険料 | メリット | デメリット |
健康保険任意継続制度の利用 | ・退職時の標準報酬月額から計算 ・在職中の保険料の約2倍(上限は加入先の健康保険によって異なる) |
・家族を扶養に入れられる ・退職前とほぼ同じ内容の給付とサービスを受けられる |
・退職後、2年間しか加入できない ・保険料を滞納すると、資格を失う |
特例退職被保険者制度の利用 | 各健康保険のルールにより計算 (例)全従業員の平均月収(標準報酬月額)前年度の現役の平均標準報酬月額を上限に健保組合が定めた額 |
・74歳まで加入できる ・家族を扶養に入れられる ・退職前とほぼ同じ内容の給付とサービスを受けられる |
・制度を利用できる健康保険が少ない ・保険料を滞納すると、資格を失う |
国民健康保険への加入 | 退職前年(1〜12月)の所得、加入人数、年齢に基づき自治体ごとの計算方法・保険料率で計算 | ・特定の加入条件はない ・所得が少ないと保険料負担を抑えられる |
・扶養家族の保険料負担が発生する ・他の制度と比べて給付内容が薄い |
家族の扶養になる(家族の健康保険への加入) | 負担なし | ・保険料負担がない ・国民健康保険に比べて給付内容やサービスが厚い |
収入要件があり、加入できないケースがある |
2.定年退職後の健康保険 どうすればよいか迷ったら
定年退職後に加入する健康保険について、四つの選択肢をみてきました。何を選べばよいのか迷うときは、何を優先したいのかポイントを絞って検討してみることをおすすめします。参考までに、いくつか検討すべきポイントを挙げておきます。
(1)保険料の安さで選ぶ
保険料の負担を抑えたないなら、まずは、家族の扶養に入ることを検討するのがおすすめです。扶養に入れば、保険料はかかりません。扶養に入れない場合は、健康保険任意継続制度と国民健康保険の保険料を算出し、どちらが安いか確認しましょう。
すでに老齢厚生年金を受給しているときは、特例退職被保険者制度の保険料も合わせて比較検討しましょう。
(2)給付内容などサービスで選ぶ
将来、病気になったときに医療費が高額になることへの不安がある場合は、特例退職被保険者制度を検討しましょう。なぜなら、この制度があるのは主に大企業の健康保険で、給付内容が手厚い傾向があるからです。
例えば、付加給付といわれる医療負担を軽減する制度を備えている可能性が考えられます。また、74歳まで加入できるのも大きなメリットです。
なお、保険料負担は国民健康保険の方が少ないかもしれません。それぞれの保険料を比べたうえで給付内容を優先したいのであれば、特例退職被保険者制度、あるいは、健康保険任意継続制度を検討するのをおすすめします。
(3)どうしても選べない場合は専門家に相談を
自分で判断できない場合は、専門家に相談するのも一考です。その際は、前述の四つの選択肢から選べるように、事前に判断材料をそろえておきましょう。例えば、勤務先の健康保険の給付内容や、各制度の保険料を算出するための資料などです。
具体的には、退職時の給与(標準報酬月額)を確認するには直近の「ねんきん定期便」が参考になります。また、家族の扶養に入れるかを確認するために、家族の健康保険の扶養条件や今後の収入予定についても把握しておきましょう。今後の収入予定には、失業給付や公的年金、その他家賃収入などの継続的収入が含まれます。
これらの資料をそろえて相談に臨むことをおすすめします。その際、74歳までのライフプランや家計全体を見たうえでの選択肢を提案してもらえると理想的です。
相談先は、社会保険の知見があるファイナンシャルプランナー、社会保険労務士の資格を持ったファイナンシャルプランナーなどが適切でしょう。
3.早めの情報収集をして手続きを
定年退職後の健康保険には四つの選択肢があります。各制度には申請期限が定められているため、早めの情報収集であらかじめ何を選ぶか決めておくと安心です。判断に迷ったときは、専門家の助言も取り入れることをおすすめします。自身に合う健康保険を選び、期限内に手続きを完了しましょう。
(ファイナンシャルプランナー 三原由紀)
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