田原:日本企業のサステナビリティ開示は1990年代後半に始まり、この30年間で大きく発展しました。しかし、情報の信頼性についてはまだ高いとは言えず、これは第三者による保証が不足していることが要因の1つかもしれません。エフラグはこの問題についてどのように考えていますか。
Del Prete:まさにその点について、TEGが集中的に議論しているところです。監査人の専門性が成熟すればするほど、基準の細目性を低くすることができます。例えば、IFRSの財務報告は原則主義的であり、細則主義的ではありません。サステナビリティにおける開示の原則的なアプローチはマテリアリティ(重要性)評価であるため、サステナビリティ情報の質の向上は、最終的には監査人に委ねられます。
そこで、ESRS(欧州サステナビリティ報告基準)がマテリアリティ評価以外の必須情報のリストを設けるべきか、それとも全ての基準を網羅し、例外なく必須とするべきかについて議論しました。公開草案の時点では、企業が監査人に重要でないことを証明できる開示要件以外は、全て開示せよという主旨の規定(反証可能な推定)があったことを覚えていますでしょうか。これは監査人だけでなく、作成者も含めた専門性が成熟していることを考慮に入れたものでした。
CSRDの対象企業には中小企業も含まれ、NFRD(非財務情報開示指令)よりもはるかに多くなります。そして教育や学術の面では、やるべきことが数多くあります。学術界は企業報告と科学的知見を組み合わせた人材を育成するカリキュラムを作成する必要があります。
また、サステナビリティ開示の保証は国ごとにアプローチが異なりますが、現状、合理的保証ではなく、限定的保証となっています。
保証の対象には、報告システムだけでなく、報告の方法論、プロセス、内部統制も含まれます。よって、監査人が合理的保証を表明できるようになるには、内部統制そのものが進歩する必要があります。全ての取締役会は、サステナビリティと内部統制の重要性について教育を受ける必要があります。なぜなら、監査人が全てのプロセスやデータを一から十までチェックすることは不可能であるためです。ですから、欧州が限定的保証から始めて、少なくとも監査専門職の能力をさらに高めた後に合理的保証に移行するというのは、良い政策決定だと思います。
田原:次に久保田さんにお伺いします。2029年以降、ESRSベースの開示が義務付けられるEU域外の日本企業の数は、少なくとも800社程度になると思われます。そして、そうした企業は限定的保証の提供を求められます。PwC Japanグループのアシュアランスリーダーとして、非財務報告の信頼性の現状と、エフラグが保証の要素を基準に組み込んでいる状況についてどう思われますか。また、今後の合理的保証への移行に向けた課題をどのように思われますか。
久保田:Del Preteさんがおっしゃる信頼性について、私も全面的に賛成します。欧州でも同じような課題があるようですが、日本企業においてもサステナビリティ開示の信頼性確保に向けた準備がまだ整っていない状況です。信頼性の高い情報を開示するための内部統制やプロセスを確立する必要がありますが、まだ整備されていません。まずはトレーニングから開始し、同時にシステム、プロセス、統制体制を整備する必要があります。サステナビリティ開示の作成者と保証提供者は、まず「何が必要で、何が報告されるべきか」を理解することから始め、企業は必要な情報に関する内部統制を強化する必要があります。
こういった状況の中、準拠すべき基準が複数ある場合、日本企業の内部統制を正しい方法で構築することが難しくなると思います。私たちは、財務報告において米国基準やIFRS、あるいは国内の基準といった複数の基準に対応してきた経験がありますが、日本企業はそれぞれの基準に対応した内部統制の整備に苦労しました。元となるデータは同じかもしれませんが、財務諸表や情報開示のためのプレゼンテーションの作成や投資家とのコミュニケーションのために、調整方法やプロセスをいくつも開発する必要があったためです。
サステナビリティ開示には現状いくつかの基準があり、日本企業がそれらに準拠していくためには多大な努力が必要となるため、日本政府が独自の報告要件を策定することになると思います。その場合、日本企業は日本政府とESRSやその他の国の基準に準拠しようとするでしょう。スムーズな適用と、サステナビリティ報告の信頼性を確立するためには、相互運用性、あるいは基準設定者間の調整というものが非常に重要だと思います。
Del Prete:私は銀行出身なので、IFRS第9号に基づく将来予測情報の監査を受けることがいかに難しいかを実際に体験しました。私の包括的な疑問は、合理的保証の準備が整うまでに、保証基準についてどのような整備が必要なのか、また私たちの基準にとって、合理的保証とはどのようなものなのか、というものです。企業が私たちの基準にあるサステナビリティに関する項目やKPIを全て調査したとしても、疑問は残ります。
事実や実際の状況に基づくと、私たちの基準でカバーされていない、あるいは十分にカバーされていないものの、企業のサステナビリティプロファイルの全体像を示す上で重要となる、私たちの基準が求める情報の質的特性を持つ要素があるのではないか――これは非常に重要な原則的要素であり、合理的保証の中核をなすことだと思います。つまり、「サステナビリティポジションについて真実かつ公正な概観を示してるか」ということです。私たちが努力を結集する必要があるのは、この概念的な部分であると思います。その部分をカバーする保証基準はあるのでしょうか。
久保田:財務情報の監査においても難しい問題があり、財務情報利用者(投資家)と監査人の間に期待値ギャップがあることはご存じかと思います。サステナビリティ情報の保証でも、同じようなことが起きる可能性があると思います。私たちが「監査を終えました。どうぞ監査報告書や監査済み情報を信頼してください」と利用者に伝えた後でも、何か問題が起きる可能性があり、その場合には投資家や利用者から「なぜこの部分について監査しなかったのか」と責められてしまうかもしれません。基準では、監査人がそこまですることが求められていなくてもです。これは非常に重要な点であり、基準設定者や規制当局だけでなく、サステナビリティ情報の利用者や投資家も含めて議論する必要があると思います。
サステナビリティ情報の利用者は、財務情報よりもはるかに範囲が広く、NPOなども含まれます。投資家と監査人の関係は成熟してきましたが、他のステークホルダーとの関係については未成熟な部分もあるでしょう。今後は、より広いステークホルダーと議論しなければならなくなると思います。
日本企業の方々と話すと、何が起きているのか分からないことへの恐怖と懸念を抱いている方が多く、また実際のところ、果たして自分たちが正しい情報を得て開示できるのか、自信がないようです。Del Preteさんはより詳細な実施ガイダンスが必要であるとおっしゃいましたが、これは非常に重要なことだと思いますし、また、私たちもご協力できるかもしれません。将来に向けて互いにつながり、協働できればと思います。
Del Prete:私たちが取り組んでいる領域には、多くの人が参画する余地があると思います。なぜなら、起こりうる全ての事例をカバーし尽くすことは私たちには決してできないからです。私たちはそんな魔法を約束することはできません。財務上の重要性については、マテリアリティに関するIFRS Practical Statementに目を通せばそれで良いというわけではありません。監査人としては、さらなる例示的な事例やチェックリストを公表するなどの取り組みを行うことができるでしょう。やることはたくさんあると思います。
田原:ありがとうございました。今、日本企業の多くが、CSRDへの対応や準備に向けて「何をすればいいのだろうか」と悩んでいます。欧州から押し寄せる情報の波に溺れそうになっている状態です。そこで、日本企業へのメッセージとして、何かヒントやアドバイスをいただければ幸いです。
Del Prete:できるだけ早く始動してほしいですね。すでにGRIに対応した報告書を作成されている企業は、怖がらずに今あるものから始めてください。なぜなら、GRIへの対応を通じて、皆さんはすでにインパクトという視点から有効なマテリアリティ評価を実施しているからです。私たちの基準の質的特性に準拠するため、プロセスの質を高める必要はあるかもしれませんが、良いスタートに立っていると言えます。その他の企業に向けては動画をいくつか公開しており、理解を深めていただけるよう今後もサポートを続けていきます。
これから秋にかけて、導入に向けた最初の3つの公表物がある予定ですので、私たちのウェブサイトやそこでの展開にご注目ください。これには、全開示要求事項のリストが含まれますので、「何ができているのか」「何が足りていないのか」を知るためのギャップ分析チェックリストとして活用できます。また、ニュースレターをご購読いただければ、私たちの活動状況を常に知ることができます。
加えて、EU域外企業向け基準をコンサルテーションにかける際にはコメントをいただきたいと思います。私たちは非常にオープンなデュープロセスを採用しており、この基準を適用する全ての国・地域に参加してもらいたいと考えています。また、日本の皆さんがEU域外企業向け基準に対するコメントを各組織でまとめていただければ、私としても非常にありがたいと思っています。
田原:本日はありがとうございました。
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