株式投資をしていない人でも、投資やベンチャービジネスなどに関心があれば、「IPO」という言葉や「IPOが人気」という話を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。
しかし、「IPOとは何か?」という基本的な意味や、なぜ人気があるのか、そこで証券会社がどのような役割を果たしているのかなどについては知らない人も多いかもしれない。
野村證券株式会社 公開引受部に所属し、企業のIPOをサポートする業務を行う坂井康浩さんに、入門編としてお話をうかがった。
「IPO」とは何か
そもそも、「IPO」とはどういう意味なのだろうか?
IPOとは「Initial Public Offering」の略語。IPOの「IP」は、「Initial(=最初の)」「Public(=公開)」という意味。ここでは、はじめて株式を取引所に上場することを意味する。
上場とは何か。坂井さんは「東京証券取引所(東証)をはじめ、各取引所で一般の方が株式の売買を行えるようにすることを株式上場や公開といいます。簡単にいえば、証券取引所に株式が流通していない会社(未上場企業)の株式を、取引所で流通できる状態にすることですね」と説明する。
それゆえ、日本語では「新規上場」「新規株式公開」と訳されることもあるIPO。しかし坂井さんによると、この訳は「とても近い意味だが、厳密には異なる」という。
「IPOにはIとPのみならず、O、Offeringという言葉がついています。これは日本語で売出しや募集行為を意味します。わかりやすくいうと、IPOは、上場や公開などのプロセスに加え、既存の株主が保有する株式の売却や企業が資金調達するために新たに発行した株式を一般の投資家に販売することまでを含む言葉なのです」
IPO株式の魅力
そうして売り出された株式を購入するのが、いわゆる投資家たちだ。
「最近のマーケットでは初値で株価が3倍、4倍となる会社も出てきていることから、『IPO株式は利益を出しやすい』というイメージが広がっているようです。いまではインターネットで投資がはじめられるなど、一般投資家の裾野も広がっています。ネットなどを通じて口コミが広まることで、IPO株式への注目度がどんどん高まっているのでしょう」
新規で販売される株式の数には上限があるため、希望する一般投資家全員がIPO株式を購入できるとは限らない。抽選でも販売されることから、それにより注目度が高まった結果、株価が上がり、更に注目度も上がっていく。IPO市場が、そうした好循環のサイクルに入っていることが人気の理由なのだ。
また、「これまで日本になかったサービスを提供するなど、会社自体が魅力的なIPOが増えていることも人気の理由のひとつ」だと坂井さんは付け加える。IT分野をはじめとし、近年は日本でも一般投資家からも注目を集めるベンチャー企業が増えはじめている。それもまた、IPOが注目を集めている要因なのだ。
もちろんIPO株式だからといって、買えば必ず利益が出るとは限らない。だからこそ、これからIPO株式を買おうと考えている投資初心者に対して、坂井さんは「IPO株式だからと、むやみやたらに購入するのではなく、その会社がどのような事業をしているのかにもぜひ興味を持って欲しい」とアドバイスする。
「IPO株式であるということだけでなく、その会社の歴史や何をやっている会社なのか、あるいは似たような事業を展開する会社はあるのかなど、会社や事業自体に興味を持ったうえで株式を購入するのが良いのではないかと思います。そうすることで購入への納得感が強まりますし、その後の株価変動を理解するきっかけにもなるはずです」
なぜ企業は上場を目指すのか
ちなみに日本企業の上場件数は、リーマンショックで一度落ち込んだものの、その後は順調に伸びている。坂井さんによると、ここ数年は毎年80~90社程度が上場を果たしているという。
とはいえ、日本の上場企業は2020年8月現在で3820社。400万社に近い日本の企業数から見ると、その割合は0.1%にも満たない計算だ。それほどまでに狭き門ともいえる株式市場への上場。そもそも企業にとって、上場にはどのようなメリットがあるのだろうか?
「やはり大きなメリットの一つは資金調達の多様化です。未上場企業は、縁故者やベンチャーキャピタルなどの限られた投資家からしか資金調達ができません。しかし上場して取引所で株式が流通するようになれば、広く一般の投資家から、より多くの資金を集めることができます」
また坂井さんによれば、その他にも、「会社の知名度向上が業績のアップ、優秀な人材確保につながる」「信用力の向上によって銀行からの借り入れが有利になる」など、上場にはさまざまな副次的効果が期待できるという。
上場に課せられる高いハードル
しかし企業が上場するためには、「上場企業としての適格性」が厳しく問われる証券取引所の審査をクリアしなくてはならない。そこで企業をサポートするのが、「主幹事」と呼ばれる証券会社の役割だ。
坂井さんは「たとえば東証への上場であれば、東証が定めたガイドラインによる厳しい上場審査をクリアしなければなりません。加えて、その審査が実施されるにあたっては証券会社からの推薦が必要になります。そこで私たち証券会社が上場までのあらゆるサポートを行います」と説明する。
一般的に、IPOまでのサポートを行った証券会社が上場企業にとっては主幹事証券となり、上場に際して募集・売出される株式の大半を引き受ける。残りの株式が他の各証券会社が構成するシンジケート団によって販売される。
2019年度にIPOをはたした86社のうち、坂井さんが所属する野村證券公開引受部がサポートを担当したのは18社。ちなみに主幹事となった銘柄の発行額ベースでは業界トップのシェアとなっている(出所:ブルームバーグ「日本資本市場リーグテーブル 2019年度」)。
では、具体的にはどのようなサポートを行っているのだろうか?
「具体的には、会社内部の資料や監査法人が企業の現状をレビューした報告書などをもとにディスカッションを重ね、その企業の社内体制をチェックします。結果、内部管理体制などで足りない点があれば整備し、最終的には東証の審査をクリアし、IPO後に必要とされる社内体制構築のお手伝いをするのです」
坂井さんによると、最近なら労務管理など社会的に関心の高いテーマについてより厳しく審査される傾向があるため、そうした各審査項目をクリアするために、企業によっては何年も続けてきたやり方を根幹から変える必要に迫られるケースもあるという。
「時代の変化に合わせて、かなりドラスティックに変革を行わなくてはいけないこともありますIPOを目指す会社にとっても、我々にとっても、思い悩むことが非常に多いです。
企業さんにも独自の想いや譲れない部分があるので、上場までの1年間は先方のCFOとほぼ毎日のように電話で話をするなど、熱いディスカッションになることも少なくありません。会社の成長ストーリーを一緒に考えながら適切な利益計画や、将来の姿をどう見せるのが投資家にとってわかりやすいのかなど一緒に喧々諤々(けんけんがくがく)と議論をしています。ゆえに大変なことも少なくありませんが、どの会社にとっても一度きりのIPOに携わらせてもらえる、そこに大きなやりがいを感じています」
また、IPOは決してゴールではない。IPO後、その企業が順調に成長していくためのサポートを行うことも、証券会社の大事な役割だ。
「IPO後、企業さんはいったん我々の手を離れますが、野村證券には私の所属部署だけでなく、企業をサポートする部署もたくさんあります。そういったチームがIPO後も全面的にバックアップしていくのです。基本的に株式会社が上場をしたら、よほどのことがない限り上場し続けます。その間、企業さんの成長をサポートしながら見守っていくのが、私たちの仕事だと思うのです」
IPOを検討する企業は、こういった事後のサポートまでを含めて、パートナーとなる証券会社を選んでいる。野村證券が主幹事銘柄(発行額ベース)のシェアで業界トップとなっている背景には、こうした坂井さんたちの想いや経験、実績などがあるのだろう。(出所:ブルームバーグ「日本資本市場リーグテーブル 2019年度」)
利益を狙うだけでなく、坂井さんのお話を参考に、証券会社の役割や特徴なども参考にしながらIPOを眺めてみると、また面白い発見があるのではないだろうか。
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October 08, 2020 at 08:00AM
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