2回目となった東京五輪では、各国の選手を陰ながら支えた選手村の食事が好評だったが、前回の1964年東京五輪でも、選手をもてなし英気を養ってもらおうと、料理人たちが腕を振るっていた。そんな前回大会の選手村の味が今、東京・内幸町の帝国ホテルで味わえる。(橘川玲奈)
再現されたのは「チキンのフリカッセ」と「洋ねぎと鶏のスープ」の2品。同ホテルが31日まで開催する、第11代料理長の村上信夫さん(1921〜2005年)の生誕100周年企画のバイキングメニューとして味わえる。
フリカッセは、鶏肉とマッシュルームをクリームで煮込み、パスタとブロッコリーを添えたもの。スープは、小さく切った鶏肉と西洋ネギ(リーキ)をブイヨンで煮た。いずれも、シンプルな味付けだ。
64年の東京五輪では、選手村の食堂は3つあった。そのうちの1つ、日本やアジア、中東からの選手用の「富士食堂」で料理長を務めたのが、村上さんだった。
後に村上さんのもとで働いた、同ホテルの特別料理顧問、田中健一郎さん(70)は、村上さんから当時の様子をたびたび聞いていた。それによると、前回大会では、選手村全体で約300人の料理人が全国から集められたという。
「富士食堂では朝食から夕食まで、最大で1日2万食を用意しなくてはならなかったといいます。これほどの規模の料理を提供するのは、当時、国内ではほとんど経験がなかったことです」と田中さん。
料理人が考案したレシピは門外不出とされたが、大勢の料理人が同じ味を出せるようにと、レシピ集が料理人に配布された。
レシピ集に記載されている分量は120人前。ホテルの宴会用のレシピをアレンジしたという。大量の食事を提供するため、効率化を図ったことが分かる。
大規模な調理体制や、当時はなじみの薄いイスラム教徒向けの食事の準備など、苦労は多かったが、料理は選手らからも好評だった。村上さんも「おいしい、と言ってもらったのが励みになった」と話していた、という。
五輪が終わり、選手村食堂が解散するとき、集まった料理人たちは「料理の分野で金メダルを取ろう」と誓いあったという。料理人たちはそれぞれの地元に五輪での経験を持ち帰り、日本の洋食文化を発展させた。
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もてなしを受け継ぐ
田中さんは今大会の選手村食堂に携わった。
「一番大事なのは、選手がベストな状態で結果を残せるよう、食環境を整えること。おなかを満たすだけでなく、リラックスできる場所にしたい」と村上さんの精神を継いで臨んだ。
今大会の選手村では、食事を提供する「メインダイニング」で和食や世界各国の料理700種類が振る舞われた。各国の選手は動画投稿アプリや会員制交流サイト(SNS)を通じて、選手村での食事風景や感想を発信。ラグビー7人制女子の米国代表、イローナ・マー選手は、「TikTok(ティックトック)」にギョーザを食べる動画を投稿し、「世界で一番おいしいギョーザは選手村にある」とのコメントが話題となった。
「チキンのフリカッセ」などが味わえるバイキングは31日までランチとディナーで味わえる。大人1人の料金は、ランチが平日8800円、土日祝日1万1千円。ディナーは平日1万2100円、土日祝日1万4300円(いずれもサービス料別)。
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