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Thursday, January 20, 2022

日立、富士通、NTT……名門企業がこぞって乗り出す「ジョブ型」、成功と失敗の分かれ目は? - ITmedia

 1月10日、日立製作所が「ジョブ型雇用」の適用を全社員に広げる旨の報道がなされた。世間では「年功色の強い従来制度を脱し、変化への適応力を高めるべきだ」とジョブ型を積極推進する声や、一方で「雇用の安定性は担保できるのか」のような不安視など、さまざまな意見が出されている。

 「年齢や社歴などに関わらず、職務に最適な人を配置でき、適所適材が進む」

 「需要が大きく高度な職務ほど賃金も高くなり、労働力の流動化が加速する」

 「社員が自律的にスキルアップに励み、生産性向上も期待できる」

 ジョブ型雇用に関しては、このような前向きで明るい未来像が語られることが多いが、実態はどうなのか。そもそもそんな簡単に、日本社会に根付くものなのか。前編記事では、ジョブ型雇用にまつわるよくある誤解を解いた。後編となる本記事では、ジョブ型のメリットや乗り越えるべき課題と解決策について解説していく。

【参考:前編記事】すぐにクビ? 休暇が充実? 日立も本格導入の「ジョブ型」 よくある誤解を「採用」「異動」「解雇」で整理する

そもそもなぜ、各社はジョブ型に乗り出すのか

 各社がジョブ型へと舵を切る建前はさまざまけん伝されているが、真の目的は「年功型賃金制度の変革」と「グローバルでの制度統一」にあると筆者は考えている。

 「勤続年数に応じてポストと報酬を与え、かつ解雇はしない」という極めて日本的な年功序列と終身雇用の両立のためには、企業の業績も規模も永久に成長し続けなければならない。しかし、バブル崩壊とその後の失われた30年によって、そのような芸当は現実的に不可能だし、現状維持をするだけでも国内だけなくグローバルな事業展開が必須であると多くの企業が認識し始めた。グローバル化の進展に伴い、海外拠点と協業する機会も日常的になる中で、同じチームにジョブ型とメンバーシップ型のメンバーが混じっていると管理や処遇も面倒なことになる。それを統一することにも意義があるといえる。

 例えば、とある大手製薬メーカーでは、同じプロジェクト内にM&Aした海外拠点と日本本社のメンバーが混在して仕事を進めている。海外メンバーはジョブ型のため、職務記述書(ジョブディスクリプション、JD)に記載された仕事しかやらない。しかしそれ以外にも付帯的な業務はさまざま存在し、円滑にプロジェクトを進めるためにはメンバーシップ型の日本拠点社員がカバーせざるを得ず、彼らに仕事のシワ寄せが来ることに対して不公平感が出ているのだという。もはや先述したようにグローバル化の進展は不可逆であるため、世界的に見てマイナーである、わが国のメンバーシップ型の方を変更する必要に迫られているというわけだ。

国内外の人材が協力してビジネスを進めるためにも、ジョブ型への対応が急務(画像はイメージ、出所:ゲッティイメージズ)

 とはいえジョブ型といえども万能ではなく、デメリットも存在する。

 例えば、メンバーが「明示された職務内容以外は担当しなくともよい」という意識になりやすく、ゼネラリスト育成を前提とする旧来のマネジメント手法との相性が悪い。また、JDの範囲を超えた業務を依頼しにくく、臨機応変な担当業務変更や異動などに対応しにくいだけでなく、異動や昇進などで担当業務範囲が拡大する場合、それに合わせたJDの変更と、業務範囲が広がった分の昇給もセットにすべき場合もあるので制度設計の煩雑性が増す。

 メンバー同士がお互いにサポートし合って仕事し、業務や部門の垣根を超えて改善していくような日本的チームワークが根付いている職場においては、JDを基にしたマネジメントは齟齬(そご)を来す可能性がある。またJDだけのせいではないものの、「その人しか対応できない専門的な業務」があちこちで生まれてしまうと、その人が異動したり退職したりした場合、適切な後任者が見つからなければ全体の業務に支障が及ぶリスクが生じる点も認識しておきたい。

 一方で、JDを詳細に定義して全社で運用することができれば、次のようなメリットが得られるだろう。

日本的なメンバーシップ型を再構築するリスクをとってまで得るべきジョブ型のメリットとは?

 まず、求められることや責任範囲が明確となり、組織―従業員間における「こんなはずではなかった」といったミスマッチ、ミスコミュニケーションを防止できる。また、何をすれば評価されるか分かりやすくなるため、努力すべき方向性が明確になり、従業員と組織のパフォーマンス向上につながる。

 加えて、ポジションに対するコスト(人件費)とリターン(期待業績)が明確になり、採用計画や事業計画の見通しが立てやすくなるし、ポジションにおける役割や資質が明文化されているため、不採用時やマイナス評価時であっても差別や不当な扱いをしたわけではないことの証明となり、訴訟リスクを防げるメリットもある。

ひと昔前に流行した「成果主義」の轍を踏まないために

 「職務の役割と期待業績が明確になり、評価しやすくなる」と聞くと、ある年齢以上の読者は、1990年代に流行した「成果主義」を想起するかもしれない。しかし当時の成果主義は、日本企業に根付かなかった。それは、ジョブ型における「職務を明確に規定した上での成果給」とは異なり、メンバーシップ型をベースにした名ばかりのものであったからだ。

 成果を測るにはJDによる職務内容と成果の定義がなされていることが大前提となるが、当時の日本企業には個別の職務定義などなく、成果は上司と相談の上で決まる、という至極恣意的なものであった。結果的に自己申告によって達成可能な低い目標設定が乱発されたり、人件費抑制というゴールありきの意図的な成果評価が行われたりしたために、組織全体で士気低下につながってしまったのだ。しかし今般のジョブ型ブームにおいては、各社ともJDの作り込みと職務明確化を伴っている。全ての職種についてJDをそろえ、報酬や評価制度も抜本的に見直すには手間もエネルギーも要するが、これからの時代に即した働き方と人材流動化を実現するためにも、ぜひ各社には努力してほしいところである。

労働法制の改革も急務

 企業各社が尽力する一方で、もう一つ乗り越えなければならないものがある。それが、法制度だ。

 ジョブ型の大きなメリットは「適所適材」であり、ポジションで求められるスキルや経験に満たない人や、継続的なスキルアップの努力を怠る人は解雇になるという機動力の高さが生産性向上につながる。しかしわが国では制度導入以前の問題として「現行の労働契約法」と「長年積み重なった判例」という大前提が存在し、たとえ能力不足の人材であっても、それだけを理由に解雇できないのだ。また労働基準法含め各種法制も、労務管理は職務の成果ではなくあくまで「労働時間」の管理を前提としている。これは大きな齟齬であろう。

 とはいえ法律まで見直すとなると、ジョブ型雇用の実現がいつになるか見当もつかなくなる。現行法の枠組みを維持しつつ、実質的なジョブ型雇用を実現するためには、世の中全体で「もう横一線、平等な処遇は無理なので、これからは格差のある働き方にするしかない」と受け入れなくてはならないだろう。

 すなわち、採用段階から明確に「成果追求型幹部候補職」と「ワークライフバランス重視型無期雇用職」といった形に分け、前者は個別に裁量労働で契約を結んで働いてもらい、業績連動で高い報酬を得られるようにし、とにかく成果を追求。後者は勤務地も労働時間も報酬水準も厳格に枠を設け、残業皆無で休みも取得できるが、給料は上がらないし、マネジメントやクリエイティブな仕事は一切振られない、といった形だ。

 現状の仕組みのままだと、意欲もあって成果も出せるような人材に対してなかなか報いることができず、逆にマイペースでやりたい人にとっては組織からの要求が過大で、いずれにせよ不満を抱かせることになってしまっている。「格差を設ける」という響きだと嫌悪感を抱く人もいるかもしれないが、「各自の価値観に合った、多様な『働きやすさ』を実現する」という意図であれば納得されやすいはずだ。

 ジョブ型という言葉だけにとらわれず、適所適材が実現し、世界で勝負できる優秀人材を適切に処遇できるような体制を労使ともに協調しつつ創り上げていけることを願ってやまない。

著者プロフィール・新田龍(にったりょう)

働き方改革総合研究所株式会社 代表取締役/ブラック企業アナリスト。

早稲田大学卒業後、複数の上場企業で事業企画、営業管理職、コンサルタント、人事採用担当職などを歴任。2007年、働き方改革総合研究所株式会社設立。労働環境改善による企業価値向上のコンサルティングと、ブラック企業/ブラック社員関連のトラブル解決、レピュテーション改善支援を手掛ける。またTV、新聞など各種メディアでもコメント。厚生労働省ハラスメント対策企画委員も務める。著書に「ワタミの失敗〜『善意の会社』がブラック企業と呼ばれた構造」(KADOKAWA)、「問題社員の正しい辞めさせ方」(リチェンジ)他多数。


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