破綻の真相
味の海豊(かいほう) 珍味の製造・販売/歴史資料館の運営
タラ、イカ、カニなどを加工した珍味を販売してきた函館の水産加工会社、味の海豊。本業の傍ら、函館の観光名所でもある歴史資料館「土方・啄木浪漫館」の運営も手がけていた。同社は売り上げ低迷が続き、4月10日をもって事業を停止。社長自ら経緯を語った。
事業停止に至った経緯を語ってくれた佐藤豊社長。1945年生まれ
「信念と言えば聞こえがいいのかもしれないが、意地というか執念だけで続けてきたところがある。ここ20年、ずっと苦しかった」
深いため息をつき、長年抱えてきた苦悩を吐露したのは、珍味の製造・販売を手がける味の海豊(北海道函館市)の佐藤豊社長だ。
近年、借り入れ依存体質に陥っていた同社は2022年3月19日、メインバンクから12億6000万円の一括返済を求められ、事業の継続を断念。4月10日をもって事業を停止した。
自己破産などの法的整理はせず、私的整理を進め、水産加工業はやめるものの同社が運営する歴史資料館「土方・啄木浪漫館」は引き続き営業を続けるという。負債額は金融債務を含め約13億円。
水産珍味の長期的な売り上げ低迷。イカの記録的不漁をはじめとする各種水産物の水揚げ量減少。それに伴う原材料の高騰。コロナ禍以降のインバウンドも含めた観光客需要の激減。ロシアのウクライナ侵攻によるロシア産海産物(カニやサケなど)の今後の仕入れ量や原材料高騰の不安──。
土産物店を中心に珍味を販売
人気商品「幸せのずわいがに」など、同社が近年力を入れていた缶詰商品シリーズ
これらのマイナス要因が、味の海豊の経営を圧迫したことは事実だが、それだけではない。佐藤社長の話を聞くとターニングポイントがいくつかあった。会社の事業内容とともに詳しく見ていく。
同社の前身は、1895年(明治28年)に初代・佐藤武雄氏がスケトウタラを使用した「鱈(たら)のかす漬け」で商売を開始したことから始まる。1945年に2代目・佐藤太郎氏が事業を承継すると昆布を利用した海宝麺(かいほうめん)を開発。戦時中の配給食に利用されるなど、当時の食糧難を支えた。
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