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Wednesday, June 15, 2022

クラウドの本当の価値はイノベーションにある――、世界を変えるチャレンジングなAWSクラウド事例 - クラウド Watch

 アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社(以下、AWSジャパン)は5月25日および26日の2日間に渡り、国内最大規模のクラウドカンファレンス「AWS Summit Japan 2022」をオンラインで開催した。

 25日に行われたAWSジャパン 代表執行役社長 長崎忠雄氏による基調講演では、「チャレンジャー」をテーマに、デジタルトランスフォーメーション(DX)や大規模マイグレーション、次世代イノベーションに取り組む事例が数多く紹介されている。

 本稿ではそれらの事例をいくつかピックアップして紹介するとともに、イノベーションの推進力としてのAmazon Web Services(AWS)クラウドにフォーカスしてみたい。

AWSジャパン 代表執行役社長 長崎忠雄氏

Amazon Prime - すべては顧客体験の向上のために

 AWSはもともと、親会社であるAmazonのインフラサービスを担当するいちビジネスユニットだったことはよく知られている。長崎社長は、Amazon創業者兼取締役会長であるジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)氏の言葉である「失敗なくして革新なし。もしAmazonが(ビジネスで)大きな失敗がないということは極めて危険な兆候である」を引用し、Amazonが取り組んできた失敗をも含むさまざまなチャレンジを、AWSのクラウドサービスが支えてきたことを強調する。

イノベーションには失敗がともなうことを説くジェフ・ベゾス氏の言葉

 中でも、小売業界全体の常識を変えたと言われる「Amazon Prime」は、AWSクラウドのパワーがなければ誕生し得なかったイノベーションだといえる。長崎社長はAmazon Primeが登場した当初、「誰もそんなに商品を速く届けてほしいとは思っていなかった。当日配送なんて誰が必要としているんだと言われた」と振り返っている。しかし周知の通り、Amazon Primeは顧客のエクスペリエンスを劇的に変え、現在は世界185カ国で年間数十億以上の荷物を配送するビッグビジネスへと成長を遂げた。そしてAmazon PrimeのバックエンドにはAWSのあらゆる技術が実装されている。以下、長崎社長が挙げた例をいくつか紹介する。

サービスローンチ以来、現在も変革を続けている「Amazon Prime」は世界185カ国で展開され、年間数十億の荷物、常時4億以上の商品を扱う。この巨大サービスの基盤はもちろんAWSクラウド

サプライチェーン

商品の需要予測や在庫計画、顧客に近いフルフィルメントセンターの選択(在庫配置)、商品出荷の湯周防手段、配送ルールなどはすべて機械学習によって決定される。2015年からディープラーニングの精度を改善し、注文から29分で出荷が可能に。現在も予測精度を高めるため、日々試行錯誤を繰り返し、最少の人数で最大の効果を得るように進化中

Amazon Primeの配送スピードを支えるサプライチェーンの各プロセスは、機械学習によりリアルタイムに最適化されている

フルフィルメントセンター

人間とロボットが共存するオペレーションを実現、顧客から注文が入ると、リアルタイムで選択されたフルフィルメントセンターの従業員が商品の棚に向かい、ピックアップする。商品の出し入れはコンピュータビジョンで視覚化され、効率を最大限に。足元で動くロボットはかなりのスピードで走行しているが、機械学習による経路計算で制御され、従業員との衝突は回避されている。出荷後も機械学習で商品追跡

従業員とロボットが共存するAmazonのフルフィルメントセンターでも機械学習によるオペレーションの最適化が実施されている

ラストワンマイルデリバリ

配送手段を進化させる取り組みとして、ドローンによる「Amazon PrimeAir」や自律走行の六輪ロボット「Amazon Scout」をゼロから開発、機械学習による制御を行ってており、現在も精度や安全性を改善中

Amazon Primeをより進化させるためのラストワンマイルデリバリの手段として、ドローンや自動運転ロボットのさらなる活用も見込まれている

 Amazon Primeではこのほかにも、AWSクラウドのテクノロジーを下敷きにしたさまざまなチャレンジに取り組んでいる。中には失敗に終わってしまうこともあるが、Amazonはそれすらも成長に欠かせない機会としてとらえている。「何がAmazon Primeをそこまで突き動かすのか――、Amazonのイノベーションの背景には顧客体験の向上がある。人々はより良いもの、より便利なものを求めている。われわれはこのことを前提にして“常識”にチャレンジしている。多様化は加速することがあっても弱ることは決してない。顧客の期待値を上回る創意工夫を妥協せずに欠かさない」(長崎社長)。

 顧客体験を向上させるためのイノベーションのゆりかごとして、スモールスタートで試行錯誤を低コストで重ねられる、つまり「イノベーションの種をひとつでも多く蒔くことができ、間違ったときには方向転換しやすいクラウドは、失敗しながらでも成功への道を探っていける」(長崎社長)。

 クラウドは、これまでもこれからもAmazon Primeの成長を支える中心的役割を果たしていく。

三井住友信託銀行 - 縦と横のデジタル化でクラウドネイティブな体質をめざす

 イノベーションと聞くと、スタートアップや新規事業を結びつけて考えがちだが、ミッションクリティカルなレガシーの世界でもテクノロジーを起点としたイノベーションの必要性が強く認識されつつある。基調講演にはゲストとして三井住友信託銀行 代表取締役会長 大山一也氏が登壇し、信託銀行という旧弊な業界にあって、同行がAWSクラウドを使ってどのようにイノベーションにアプローチしているかを紹介している。

三井住友トラスト・ホールディングス 取締役 / 三井住友信託銀行 代表取締役社長 大山一也氏

 2011年、三井住友信託銀行を中核とする、複数の信託銀行が統合された三井住友トラストグループが誕生した(持ち株上場企業は三井住友トラスト・ホールディングス)。信託銀行どうしの統合というほかに例を見ないユニークな存在であるため、「(貸し出しが中心の)ほかの金融グループとは成長戦略において大きな違いがある」と大山氏は語る。

 同行のパーパス(存在意義)は「信託の力で、新たな価値を創造し、お客さまや社会の豊かな未来を花開かせる」とあるが、この“信託の力”をグループ企業とともに高め、社会の変化に柔軟に対応していくために、事業ポートフォリオの機動的なシフトを図っている。

三井住友信託銀行は複数の信託銀行グループが統合された三井住友トラスト・ホールディングスの中核企業。新しい時代に向け、信託銀行というほかにない特長を生かした成長戦略が求められている

 そのシフトを加速素するためのキーワードとして大山氏が挙げたのが「縦のデジタル化」と「横のデジタル化」だ。

 「縦のデジタル化はクラウドマイグレーションを軸とするデジタライゼーション、横のデジタル化は事業やチャネルの壁を越えるデジタルトランスフォーメーションを意味している。これらを同時に進めていくことが、信託銀行グループである当社のDX戦略の本質となる」(大山氏)。

三井住友信託銀行がAWSクラウド上で進めている「縦のデジタル化(オンプレミスからクラウドへの移行)」と「横のデジタル化(グループや事業部門を横断したデジタルトランスフォーメーション)」

 中でも“縦のデジタル化”を支えるクラウドマイグレーションは、同行のパーパス実現の基盤となる重要な取り組みである。三井住友信託銀行では現在、2025年までに既存のオンプレミス環境の7割をクラウドに移行する方針を立てているが、2022年内には5割の移行が完了する予定だという。

 また、移行と並行しながら外部公開Web環境や災害対策環境、海外クラウド共通基盤などマイグレーションの幅を拡大する環境を整備し、さらにマネージドサービスを中心とした各種クラウドサービスの活用を積極的に進めている。さらにより先進的な取り組みとして、Dockerベースの社内コンテナ環境「Harbor」を構築、共通フレームワークにより業務アプリ開発以外を内製化しており、社内PaaSとしての活用を進めている。

社内PaaSとしてAWS上に構築したDockerベースのコンテナ環境「Harbor」では、共通フレームワークがセットアップされたことにより、開発者がビジネスロジックだけに集中することが可能に

 さらに“横のデジタル化”、部門やグループ会社をまたいだ事業横断の基盤としてもクラウドは重要な役割を果たしている。2022年4月、同行は顧客のライフサイクルを軸に設計した資産形成層向けのスマホアプリ「Smart Life Designer」をリリースしたが、新規アプリ開発でありながら、マネージドサービスを活用し、クラウドネイティブなアプローチで取り組んだことで約8カ月というごく短い期間でリリースに至ったという。

 「三井住友信託銀行が目指すのは全社員がIT/デジタルを駆使したビジネスモデル変革を担う世界。そのためには社内PaaSを含めたクラウドネイティブな開発環境下でIT部門ユーザー部門が一体となって迅速な開発を進めること、さらに顧客に対して機動的なビジネス展開を実現するIT/デジタル分野の人的資本への積極投資が必要。AWSはこうしたわれわれのイノベーションを創出する重要なパートナー。今後とも良い関係を構築していきたい」(大山氏)。

ティアフォー - 理想とする自動運転の世界を“爆速”でめざす

 スタートアップ支援はAWSにとっての重要なミッションであることはよく知られており、日本においても“はじめにAWSありき”で事業をスタートさせるスタートアップは多い。スタートアップこそが世界を変えるイノベーションの担い手であり、「現在は日本を代表する企業もかつてはスタートアップだった」(長崎社長)からこそ、スタートアップの支援は将来の日本社会の成長に直結するといっても過言ではない。

 今回の基調講演には、AWSが支援する国内スタートアップの代表として、AWS上でオープンソースベースの自動運転システムを構築し、自動運転タクシーの社会実装に挑むティアフォー 創業者兼CTO 加藤真平氏が登壇している。

ティアフォー 創業者 兼 CTO / 東京大学 大学院情報理工学系研究科 准教授 加藤真平氏

 ティアフォーは現在、同社が開発したオープンソースの自動運転OS「Autoware」をベースにした自動運転システムの実証実験を展開している。現実世界で自動運転中の車がセンサーから収集したデータはクラウド上のDevOpsプラットフォーム(デジタルツイン)に送信され、地図データベースやシナリオデータベースに追加されたのち、機械学習にかけられ、その分析結果がOTA(Over the Air)アップデートで再び実車にデプロイされる。実車(エッジ)とデジタルツイン(クラウド)でこのサイクルを繰り返すたびに自動運転システムの精度は上がり、安全性や快適性が高まっていく。

自動運転車(エッジ)とそのデジタルツイン(クラウド)で構成されるティアフォーのDevOpsプラットフォーム。センサーから取得したデータはデジタルツインに送られ、機械学習による精度向上が図られたのちに、OTAアップデートで車載システムが改善されていく

 加藤氏はAWSクラウドの最大の魅力として、このサイクルを“爆速”で回せることだと強調している。特にAWSが独自開発したGraviton 2プロセッサを搭載したG5gインスタンスや、NVIDIA V100 Tensor Core GPUを最大8個搭載できるP3インスタンスは、機械学習の劇的な高速化を実現するコンピューティング環境として知られており、ティアフォーでもこれらのインスタンスを最大原因活用している。

 だがその一方で、現在の自動運転システムにおける最大の課題は「エッジのスピードにクラウドがまだ追いついていない」ことだと加藤氏は言う。「エッジとクラウドの距離が縮まることで、本当のクラウドネイティブな世界、本当のソフトウェアディファインド(Software-Defined)な世界が実現すると思っている」(加藤氏)。

 ティアフォーの自動運転車は産業界からも注目されており、2020年にはヤマハ発動機とともに合弁会社eve autonomy(イヴォートノミー)を設立、2021年9月にはゴルフカートをベースにした、工場内などの閉鎖空間を走行できる新型自動運転EVを発表している。人員不足が慢性化している生産現場では、24時間365日走行できる自動運転車の需要は高く、すでにオペレーションの現場で採用されるケースも増えてきた。「われわれが理想とする自動運転の世界を実現するまでの先は長い。だが(eve autonomyのように)ひとつひとつ事例を積み重ねながらも、AWSのパワーを借りて爆速で進んでいきたい」(加藤氏)。

ティアフォーがヤマハ発動機とともに開発する産業用の自動運転車「eve auto」は、工場などでの導入が開始されつつある

クラウドの原点はイノベーションにあり、イノベーションの原点は顧客にある

 Amazonの創業者であるジェフ・ベゾス氏は数多くのビジネスハックを提唱してきたが、その中でも有名なもののひとつに「Working Backward - 顧客から逆算する」というアプローチがある。AmazonやAWSでは新たなプロジェクトをローンチする際、提案者は以下の5つの質問について、関係者から徹底的に詰められるという。

1.お客さまは誰ですか?
2.現在の課題と新しい可能性は何ですか?
3.お客さまにとっての最大のメリットは何ですか?
4.お客さまのニーズやウォンツをどのように知りましたか?
5.お客さまの体験はどのように変わりますか?

 これらの質問に対して十分な回答を用意することができたら、今度はそれを踏まえたプレスリリースを用意し、さらにFAQを練ることが求められる。通常のビジネス感覚でいえば、プレスリリースやFAQは商品やサービスのリリースと同時に提供するというイメージだが、Amazon/AWSではそれは許されない。長崎社長はこのアプローチについて「顧客中心に考えることを徹底するために絶対に必要なプロセス。正直に言えば、開発の前段階なのに時間もコストも相当かかる。それでも顧客が何を求めているか、何がうれしいのかを知らずにサービスを開発することはできない」と語る。開発者が作りたいサービスや社員が単にやってみたいプロジェクトではなく、顧客が求めているもの、顧客がやりたいことを実現するために、自分たちは何ができるのか――。この顧客視点に立った“逆算のメカニズム”こそが、AWSのイノベーションの原点でもある。

AmazonやAWSの商品開発は顧客の視点から逆算してそのニーズを徹底的に突き詰める「Working Backwards」という手法が取られている。商品開発に入る前に、プレスリリースやFAQをそろえ、顧客体験を具体的にビジュアライズできるまで落とし込む

 「クラウドの価値はイノベーションにある。AWSは新しいことに挑戦する企業、挑戦によって未来を切り拓く企業を応援していく」――。長崎社長は基調講演の最後をこう結んでいる。クラウドのメリットにはコスト低減や開発スピードの向上、最新技術へのリーチ、セキュリティなどさまざまあるが、イノベーションを実現する基盤として見たとき、そこに顧客の姿があるかどうかは成功への重要なカギとなる。顧客のニーズやウォンツを無視したイノベーションなどありえない――。今回の基調講演では数多くの“挑戦する企業”がピックアップされていたが、その挑戦は誰のためのものなのか、あらためて考えさせる内容だったといえるだろう。

基調講演にはデジタル大臣の牧島かれん氏がビデオメッセージを寄せ、「日本から世界で使われるようなサービスや商品を生み出していくためには、クラウドアーキテクチャを基盤としたデジタル産業の育成が欠かせない。そのために最も重要なのは人材。本サミットにはクラウドテクノロジーに関するさまざまな知見をもった人が参加すると聞いている。AWSとともに参加者のみなさんが先駆者として日本のデジタル化を推進してほしい」とコメント、クラウドによるイノベーション創出への期待を込めていた

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