社員がすぐに辞める会社といえば、以前は長時間労働、パワハラが横行する「ブラック企業」というのが定番でした。しかし、最近はホワイト企業でも「ある理由」で若手を中心に社員の退職が続出するケースが増えています。なぜ、そうしたことが起きるのでしょうか。防ぐ手だてはあるのでしょうか。具体的な対策について、人事コンサルタントとして3000人以上のキャリア支援に関わってきた難波猛さんの著書『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』より、一部抜粋、再構成してお届けします。
若手社員がどんどん辞める会社に共通する特徴
「自分を成長させてくれない会社では働き続けたくない」
「今の会社にいたら、学生時代の友人に差をつけられてしまう」
「ゆるい職場は、居心地は良いがリスクでしかない」
いま、若手の社員がこうした理由で会社を辞めるケースが増えています。
少し前までは、若手社員の退職といえば、「長時間の残業やパワハラが横行するブラック企業だから」というイメージがありました。しかし最近は、高い倍率を勝ち抜いてホワイトな大企業に勤めているのに、2、3年という早期で退職する人が多くなってきています。
私が所属する企業が実施している「退職者インタビュー」でも、その傾向は顕著です。客観的に見ても、福利厚生もオフィス環境も給与制度も安定して充実しているホワイト企業を、特に会社や上司が将来を期待している「優秀で意識が高い」社員ほど、20代で自己都合退職していきます。
彼等・彼女等に話を聞くと、職場の環境や給料に不満があるわけではない。残業もほとんどない。上司も自分のことを気遣ってくれるし理不尽な指示もない。
しかし、「このままこの会社で働き続けて成長できるのか」「憧れるような先輩社員がいない」「精気の無い目をして働いている管理職やベテラン社員を見ていると、自分もそうなりそうで怖い」「学生時代にスタートアップで起業した同窓生に後れをとっていて不安」といった将来の不安に駆られて、離職を決断する若手社員が増えているのです。
一番大事なのは「自分が成長できるかどうか」
アメリカの心理学者、フレデリック・ハーズバーグが提唱した「二要因理論」というモチベーション理論では、職場には不満を取り除く「衛生要因」と満足を高める「動機付け要因」が必要とされています。
福利厚生や就業環境を整備して「心理的安全性」を高め現在の不満を取り除く「衛生要因」対応だけでは不十分で、将来の展望やキャリア形成を支援して「キャリアの安全性」を高め将来の不安を払拭する「動機付け要因」対応が重要です。
「キャリアの安全性」という表現をしますが、「この会社で働き続けて、将来の展望は開けるのか」「キャリアを成長させるために周囲からのアドバイスや支援を得られるのか」「ロールモデルになる先輩社員がいるか」「社外からも評価される人材に成長できるか」「教育研修や業務経験を通じて成長する機会はあるか」などに対する環境が整えられていなければ、不満のないホワイトな職場でも不安を感じた若手は2、3年で離職します。
昭和の時代は、「石の上にも三年」どころではなく、5年、10年辛抱するのは当たり前でした。終身雇用制度で定年まで働くのが前提のキャリアプランだったため、時間的に余裕があり、本人も上司も「今は大変でも、40代で課長、50代で部長を目指そう。給与も上がる」という期待があったからです。
ところが現在は、日本全体が右肩上がりの経済成長ではなくなり、終身雇用制度が形骸化し、早期退職や希望退職も一般化し、会社そのものも定年まであるかどうかわからない時代です。
だからこそ、定年まで勤める前提ではなく、あくまで自分の将来のために、大手の知名度の高い会社や教育制度の整った会社をキャリアのスタート地点として選ぶという人たちが増えてきているのです。
私は大学院で講義を担当していますが、20代の大学院生にキャリア観を聞くと、「卒業後はコンサルティングファームに就職するが、定年までいるつもりはなく、一定の業務経験を積んだら独立か転職を想定しています」「自分は会社を移っても人事としてキャリアを積みたいので、ジョブ型で最初から人事で働ける会社だけに応募しています」と当然のように語っています。
大事なのは若手社員の「ナラティブ」
では、どうすれば若手社員の離職を食い止められるのでしょうか。
ここで、あるIT企業の例をご紹介します。その企業では若手社員の離職が問題になっていました。昨日まではやる気を見せていた(気がする)のに、翌日には何の理由も言わずに「辞めます」と退職願いを持ってくることもあったそうです。上司は慌てて退職理由を聞いたり慰留を試みたりしますが、この状態になってからでは全て手遅れです。
そこで、部下と日常的にキャリアについて面談を行うトレーニングを提供したことがあります。言ってみれば、離職率を軽減するための研修です。
人事コンサルタントとして、私が複数の管理職から、具体的なケースとして相談されたのが、「管理職になりたくない」「昇格や昇給には興味がない」「定年まで勤めるつもりがない」「なかなか本音を語ってくれない」という若手社員とのコミュニケーション方法でした。
ギャップがある若手社員とキャリアについての面談を行う場合、ポイントは「上司のナラティブを一方的に押し付けない」ことと、「部下のナラティブを立体的に把握する」ことです。
ナラティブとは、元々は、文芸理論で用いられる専門用語で、語り手の視点で自由に紡がれる物語を指します。つまり、部下が描く「人生のありたい姿」「仕事における自己認識」「会社生活の紆余曲折」「理想的なキャリアストーリー」などのことです。
上司としては、部下に対して良かれと思って「今の仕事で成果を出す方法」「管理職へのキャリアパス」「高く評価されて昇給昇格する働き方」「当社で働くメリット」などを熱心に伝えたくなります。
どれも上司からすれば部下に必要な情報ですが、部下からすれば「自分が必要としているタイミングと内容」に限り必要な情報です。「馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない」という諺がありますが、喉が渇いていない相手に水を大量に持参しても価値がありません。
最初に必要なことは、若手社員のナラティブを過去・現在・未来で立体的に把握することです。
過去とは「なぜ、この会社を選んだのか」「就職活動では、何を大事にしてきたのか」という入社動機や価値観です。
話を聞く際のポイントは、「ポジティブではないことも話しやすい雰囲気づくり」です。仕事や職場の人間関係への不満は、上司にとっては自分がダメ出しされているような気持ちになるので「そんなことはないよ」「実はこういう良い点があるよ」と部下の発言を否定したくなりますが、そうすると部下は本音のナラティブは封印してしまいます。
まずは、「この若手社員は、こういう視点で仕事を捉えているのか」「上司からは気づかなかったが、職場にこういう不満があるのか」「会議ではわからなかったが、あの分野に興味があるのか」など、素直な気持ちで傾聴しましょう。
そのうえで未来の展望を確認します。「将来、どういう状態になれるとうれしいのか」「想定しているキャリアプラン」「社内外で、目指したいロールモデル」など将来的な観点で質問してみましょう。
若手社員の根源的な欲求にアプローチする
ここで引き出したいのは、若手社員の過去・現在・未来にわたるナラティブです。
どういう人生にしたいのか、社会人としてありたい姿はどんなものなのか。ここがわからなければ離職を希望する部下を引き留める以前に「なぜ離職するのか」さえ理解できません。
たとえば、部下の「やりたいこと」が「将来的に独立して、起業する」だったとします。
ここでようやく、「リーダーになってほしい」という会社の期待と「管理職になりたくない」という部下のギャップの原因が明らかになります。
つまり、部下は、「いずれ辞める会社だから、責任の重い仕事はやりたくない。在職中は技術を磨きたい」と考えているのです。
この場合、次のようなことを部下に話してみるのはどうでしょうか。
「独立起業、それも素晴らしいキャリアプランですね。一緒に働く仲間のキャリア形成を私も支援したい。独立して起業するということは社員を雇うことになります。個人事業主でいくとしても外部パートナーとの連携やプロジェクトマネジメントも発生します。そうなると、自分の技術的な能力だけではなく、組織や人をマネジメントする能力も必要です。外部のパートナーと組んでチームワークで成果を上げていくプロジェクトを遂行する場合もマネジメント能力は重要かもしれません」
経験豊富な上司の視点からフィードバック
ここまで話すと、部下も「確かにそうかもしれません」と考え始めます。部下の「やりたいこと」を実現するにあたり、経験豊富な上司の視点から抜けている点をフィードバックしてあげてください。間違っても「独立なんてうまくいかない」「不安定だから辞めておけ」と部下を否定する方向で話さないでください。
20代、30代はプレイヤーとしてやっていけばいいかもしれませんが、40代、50代になってくると組織を管理する力、組織をつくる力、外部を巻き込む力も大事になることは理解できると思います。
ここでさらに次のような言葉を続けてみましょう。
「そう考えたら、会社にいる間にメンバーや部下のマネジメントを経験しておくことは、将来のあなたにとって重要ではありませんか? 企業に勤めている間に、給料をもらいながら大規模プロジェクトの経験や外部ベンダーとの関係が蓄積できることもメリットになると思います」
このフィードバックで、実際に離職せずに管理職になった人もいます。そして、「独立するかもしれないと思っていましたが、マネジメントやリーダーをやってみると楽しいものだと気づきました。会社からも評価されるなら、このまま継続して働きます」という人もいます。
この部下にとって、「独立・起業」自体が「やりたいこと」の本質ではなく、「自分の裁量で大きな仕事を進める」「新しい技術に触れられる現場にい続ける」ことが根本的な欲求だったので、リーダーとして裁量権を持ち新規プロジェクトに従事することで、退職する必要性がなくなりました。
また、仮に、最終的に独立することになったとしても、「いい経験をさせてもらいました」「成長の機会を与えてくれた上司や会社に感謝しています」ということになるはずです。
(難波 猛 : マンパワーグループ株式会社シニアコンサルタント)
Adblock test (Why?)
からの記事と詳細 ( 「給料よし、残業なし」の会社を社員が辞めるワケ - au Webポータル )
https://ift.tt/WrFRH4z