教育現場の状況
マラウイという国を知っているだろうか。日本から約1万2300㌔離れた、アフリカ大陸東南部にある人口2000万人ほどの国で、サブサハラといわれるサハラ砂漠の南に位置する貧しい国々の中でもとりわけ貧しい国である。私はその国の算数教育の質の向上のために、2021年8月から1年9カ月をJICA海外協力隊として過ごした。勤める小学校は首都リロングウェから車で3時間ほどのカスング県スザという村にあった。水道もガスも、電気でさえほとんど通っていないその村で、私は教育の可能性を見ることになる。
マラウイは英国式の教育システムを採用し、学校制度は8・4・4制であるため、初等教育の8年間を小学校で過ごす。ここスザプライマリースクールでは約1300人の児童が午前7時30分から午後2時ごろまで、2回の休憩を挟んで35分の10校時の授業を受けている。1994年に大統領の鶴の一声で初等教育が無償化されたおかげで、小学1年生の就学率は100%に近い。しかし急激な児童数の増加で、教員不足や教室不足、教材不足などの問題が起きている。100人以上の児童が通う教室で、授業の経験の乏しい先生たちが日々奮闘しているのだ。教育の効果にも課題が多く、SACMEQ(教育の質測定のための南東部アフリカ諸国連合)の調査では、マラウイの読解力、算数の理解度はアフリカの国の中でも低い状態にある。
マラリアの授業
そんなマラウイの農村部では、地域や文化に寄り添った実学中心の学習が行われている。例えばキリスト教徒の多いマラウイでは、公立学校で小学校3年生から、「バイブルナレッジ」という聖書の授業を行う。隣人を大切にする文化としてのキリスト教が、「Warm heart of Africa」(アフリカの温かい心)と呼ばれる穏やかな国民性を生み出しているのだろう。
また、農業の授業では、農具の呼び名や使い方、肥料のまきかたなどを教える。私も家畜を育てる小屋の作り方を絵に書いて児童たちに見せたこともあった。現地の教員は絵が苦手なため、絵を書くことをよく頼まれたのだ。
5年生からは生活科の授業もあり、生活に必要な知識を学ぶが、まず勉強するのは、マラリアの予防方法だ。マラリアはマラウイでは死因の上位に入るため、その防疫の学習をする。そして、私はなぜか、この教科を児童たちに教えることになった。現地の教員の手が足りなかったためだ。
そこで問題が発生した。まとめ学習が全くうまくいかないのだ。教科書にのっとると、ほとんどの単元に「make a drama」(演劇)や「create a song」(歌を作る)という学習のまとめが設定されている。しかし私は悩んでしまった。児童たちにうまく説明ができないからである。児童たちは、ほとんど英語が話せない。マラウイの公用語は英語とチェワ語(現地語)であり、小学5年生から全ての教科で英語を使って授業が行われることになっている。しかし実態は、ほとんどがチェワ語で指導されている。これがマラウイの英語教育の現状で、英語の話せない児童の多い農村部では至って普通のことだった。
現地語の語彙(ごい)の少ない私は英語で指導するしかない。指示や数式の分かりやすい「算数」であれば、英語の苦手な児童に対しても、現地語を交えながらなんとか指導をすることができる。しかし、生活科を英語で教えるとなると大変だった。マラリアを防ぐための歌を作ると決めても、児童たちがどうしたいのかが、分からない。
児童のアイデアで解決
困っている私をみて、助けてくれたのも児童たちだった。私は児童たちと楽器を作ることにした。当時、表現芸術科目も教えていた私は児童と共に、楽器のもとになる道具を探した。道路の脇のゴミのポイ捨て場で見つけたペットボトルに小石を入れ、マラカスを作る。ペットボトルにゴミ袋を貼り、ドラムを作る。糸を引き伸ばした弦を張れば、即席のギターである。全て、児童のアイデアだった。
楽器を作ったら、次は歌詞だ。私が作ったチャートペーパー(掲示物)から歌詞をとった。「マラリアの原因は? モスキート(蚊)!」「!マラリアの症状は? 発熱!!」「マラリアを防ぐには? 蚊にさされないこと!!」。これらの言葉を歌うように節を付けただけであるが、先ほどの楽器が組み合わさると、教室内はアフリカンリズムに包まれた。モスキートの大合奏。踊りだす児童もいて、この曲はしばらく児童の中で歌われ続けるようになったのだ。
【プロフィール】
田野辺裕史 大学卒業後、東京都に国語科の中学校教諭として採用。特別支援学級、島しょ地域での勤務を経て、2021年度JICA海外協力隊として、マラウイ共和国に派遣。23年より都内中学校に復職。
からの記事と詳細 ( 【マラウイ編】 児童と作ったマラリアを防ぐための歌 - 教育新聞 )
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