1. 概要
ドレッシングのように水と油が分離する状態を相分離とよびます。物質の組み合わせ次第では、高温では一様状態、低温では相分離して二相状態になります。高温から低温に均一に冷却すると、一般に少数相がドロップレットになる空間パターンを形成します。しかしながら、試料を均一に冷却するのでなく、ある部分から順番に冷却することで、ドロップレットパターンとは異なる層状のパターンを形成することが知られています。この冷却方法を方向性冷却とよびます。このような空間パターンは、そのパターン様式によって、力学特性や電気伝導特性、熱伝導特性が異なるため、空間パターンを制御し応用に結びつけるために、方向性冷却は近年、注目を浴びています。
東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の石川陸矢(大学院生)、谷茉莉助教、栗田玲教授らの研究グループは、3次元方向性冷却のシミュレーションを行いました。現実には、3次元的な温度制御が困難であるため、実現可能な温度勾配を用いた類似系のシミュレーションも行い、両者のパターン形成メカニズムを調べました。方向性冷却において、冷却面が物質輸送を妨げ、実効的な壁としてはたらくことが重要であることがわかりました。一方、温度勾配系では、実効的な壁がないために方向性冷却とは異なるパターン形成が起こることがわかりました。
今回、方向性冷却によるパターン形成メカニズムが解明されたことにより、実効的な壁を内部に導入することでパターン形成が制御可能であり、パターン制御による新奇材料開発や応用といった波及効果が見込まれ、今後の発展が期待されます。
■本研究成果は、8月26日付けでAmerican Physics Societyが発行する英文誌Physical Review Researchに発表されました。本研究の一部は、学術振興会科学研究費補助金(基盤B No.20H01874、若手研究 No.20K14431)の支援を受けて行われました。
2. ポイント
1. 相分離の空間パターンの制御は重要な課題でした。
2. 方向性冷却によるパターン形成は実効的な壁が重要であることを発見しました。
3. 実現可能な温度勾配系は方向性冷却と異なるメカニズムであることを解明しました。
4. パターン制御による新奇材料開発や応用といった波及効果が期待されます。
3. 研究の背景
ドレッシングのように水と油が分離する状態を相分離とよびます。物質の組み合わせ次第では、高温では2成分が混ざった一様状態、低温では2つの相に相分離します。高温の一様状態から低温に均一に冷却すると、一般に少数相がドロップレットとなるパターンが形成されます。ここで、試料を均一に冷却するのでなく、試料の端から冷却領域を増やしていくことで、ドロップレットパターンとは異なる層状のパターンを形成することが知られています。このような冷却方法を方向性冷却とよび、最終的には均一に冷却したときと温度は同じになります。このような空間パターンは、そのパターン様式によって、力学特性や電気伝導特性、熱伝導特性が異なります。例えば、AとBの2成分があり、Aは電気伝導が高く、Bは絶縁体とします。2つの層が積み重なっているとき、積み重ね方向には絶縁体があるため、電気は流れません。一方、平行方向にはA成分の相を通して電気が流れます。このように空間パターンを制御することで、多様な物性を作り出し、応用に結びつく可能性が高いため、方向性冷却は近年、注目を浴びています。
4. 研究の詳細
・3次元方向性冷却
本研究グループは、まず、3次元の方向性冷却(Discontinuous system)から調べました。図1のように、z=0から徐々に冷却領域を上部にあげていきました。冷却領域と高温領域の境目を冷却面とよぶことにします。この冷却面を動かす速度Vdによって、形成されるパターンが大きく変わります。
図2(a)-(c)は方向性冷却の冷却面移動速度によるパターン形成の違いを示しています。(1)はxz平面、(2)はxy平面の断面図です。移動速度Vdが大きいときは、ドロップレットパターンに近くなります。速度が大きいときは、物質輸送がついてこられず、相分離が移動速度に比べてゆっくり進行します。そのため、均一に冷却したときと同じようなパターンになります。移動速度と相分離速度が同じ程度になると、層状パターンになり、更に遅くなると、多数相(白色)が柱状になるパターンが形成されました。詳細に調べたところ、冷却面を通しての物質輸送はかなり小さくなり、冷却面近傍で層状が不安定化することがわかりました。速度がかなり遅い場合、この不安定化が進行し、柱状なパターンに変化することがわかりました。そのため、この冷却面が実効的な壁の役割を果たしていることが重要であることがわかりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202208295613-O1-8Q76U8qh】
図1 (a) 3次元方向性冷却の温度変化。εは規格化された温度。ε<0で相分離が起こる。(b) 温度勾配系の温度変化。z = 0から徐々に冷却されていく。
・温度勾配系
3次元の方向性冷却は、内部の温度制御を必要とするため、実現困難です。その類似系として、温度勾配系(continuous system)が考えられます(図1(b))。上下面を同時に少しずつ冷却することで、下から順番に相分離する状態に冷やすことができます。相分離が起こる温度面を冷却面とし、その移動速度は上下の温度で制御できます。この温度勾配系を用いて、実際に合金系結晶成長や液晶などにおける研究が行われています。図2(d)(e)は温度勾配系のパターン形成を示しています。冷却面移動速度Vcが大きいときは、均一冷却と同様にドロップレットパターンが形成されます。移動速度が小さくなると、3次元方向性冷却と同様に層状パターンが形成されますが、さらに小さくしても柱状パターンが形成されることはありませんでした。3次元方向性冷却のときは、冷却面での温度は急激に変化しているのに対し、温度勾配系の場合、冷却面近傍の温度はなめらかに連続的です。温度勾配系では、冷却面が実効的な壁の役割を果たさず、冷却面を通しての物質輸送が可能となっていることがわかりました。このため、冷却面で不安定化が発生せず、柱状パターンが形成されないことがわかりました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202208295613-O2-B0kZs8n2】
図2 (a)–(c)3次元方向性冷却のパターン形成。(d)(e)は温度勾配系のパターン形成の様子。(1)はxz平面の断面図。左から右に時間が経過している。(2)はxy平面の断面図。Vは冷却面移動速度。 3次元方向性冷却では、柱状パターン(c)が形成されるのに対し、温度勾配系では、遅くしても柱状パターンは形成されなかった。
5. 研究の意義と波及効果
今回の研究では、3次元方向性冷却によるパターン形成は冷却面による実効的な壁が重要であることがわかりました。実現困難な3次元方向性冷却の代替系として注目されていた温度勾配系では、柱状パターンが形成されず、温度勾配系では実効的な壁の効果が弱いためという理由を解明することができました。3次元方向性冷却の代替できる系として、温度制御にこだわらず実効的な壁を用意することで、同様なパターンが形成できることが示唆されました。これにより、パターン制御による新奇材料開発に向けて大きく前進し、多様な機能をもつ新奇材料による応用が将来、期待されます。
【発表論文】
<タイトル>
“Three dimensional phase separation under a non-stationary temperature field”
<著者名>
Rikuya Ishikawa, Marie Tani, and Rei Kurita
<雑誌名>
Physical Review Research(2022)
<DOI>
DOI: 10.1103/PhysRevResearch.4.033152
プレスリリース詳細へ https://kyodonewsprwire.jp/release/202208295613
からの記事と詳細 ( 方向性冷却によるパターン形成メカニズムを解明:紀伊民報AGARA - 紀伊民報 )
https://ift.tt/cyvGEmu
No comments:
Post a Comment