すべての人に寄り添うためには、SOGIに対する理解が欠かせません。よく用いられるLGBTQsという言葉は、Lがレズビアン(女性として女性に惹かれる人)、Gがゲイ(男性として男性に惹かれる人)、Bはバイセクシュアル(男性・女性ともに惹かれる人)、Tがトランスジェンダー(性自認が生物学上の性別と異なる人)、Qがクエスチョニング(自分のセクシュアリティをはっきりと定義していない人)の頭文字です。一方、SOGIは、惹かれる相手の性別への指向(Sexual Orientation)と性自認(Gender Identity)の頭文字を取っています。「SOGI」という言葉を用いることで、私たちの誰もが持つ「個性」として性の問題を捉えることができます。医療機関が全ての人にとって安心して受診できる場所となるには、SOGIに対する理解が欠かせません。
昨今、多様性を尊重する取り組みが広がっていますが、課題として、社会のSOGIに対する理解不足があげられます。特に、適切な診察のため性別に関する情報提供が求められる医療機関は、トランスジェンダーの人々にとってハードルの高い場所といえます。問診の際に名前や性別を確認され、性自認との違いに医療者が戸惑い、何気ないやり取りのなかで当事者が傷ついてしまうといった事態も、医療の現場で実際に起きています。また、例えば同性のパートナーを家族として認めていない医療機関では、患者さんが長年一緒に暮らしているパートナーであっても、手術や治療を受ける際に必要な同意書に署名できません。コロナ禍では、保健所が行う濃厚接触者調査で同性パートナーについて伝えることがカミングアウトに繋がってしまうため悩むという声もありました。すべての人に適切な医療サービスを届けるためには、多様な性のあり方に配慮し、きめ細かな対応を行っていく必要があります。
実際に、医療現場でSOGIにおける対応の難しさと向き合ってきた川﨑先生はこう語ります。
「順天堂医院では10年以上前から、同意書の代諾者署名欄に同性のパートナーの署名を認めています。当初は病態が急変悪化した緊急の事態に対して判断した結果でしたが、その後も要望を受けて継続されるようになりました。今では『ポケットセーフティマニュアル』(順天堂における医療行為の基本的な手順、不測の事態に対しての対応などをまとめた冊子)に項目が追加され、病院全体の取組みとして対応が進んでいます」
順天堂医院では、LGBTQsをはじめ患者さんの多様な性のあり方に配慮した院内環境づくりの一環として、2021年5月に「SOGIをめぐる配慮と対応ワーキンググループ」を立ち上げ、誰もが安心して受診できる環境を整えるため、さまざまな取り組みを進めてきました。多目的トイレのドアにそっと貼られたレインボーステッカーもその一つです。「過度に目立ちたくない」「相談しにくい」という当事者の思いを考慮しつつ多様な性を受け入れるというメッセージを示すため、病院の各所にレインボーフラッグをさりげなく設置しています。
また、「アライ(Ally)」(多様な性への理解者)を増やす教職員向けの研修会を定期的に行っており、これまでに約300人が受講しています。研修会の開催に中心的に携わってきた武田教授は、参加者の考えが「大事なのは、特定のSOGIを有する方を特別視することではなく、目の前の患者さんを大切にすることで、それは普段から実践していることだ」という認識に変わっていくと話します。
「患者さん一人ひとりに対して丁寧にご意向を伺い、その方にあった説明や治療を提供するということは医療に携わる上での心構えの根幹となるものです。個々人のSOGIへの配慮と対応もそれと同じであると気付いていただけたのが一番大きな成果です。」
研修の修了者は「アライ」としてレインボーモチーフのピンバッジを身に付け、業務を担当しています。
また、2021年11月に「SOGI相談窓口」を開設しました。SOGIに悩む患者さんがスムーズに受診や入院の手続きを行えるよう、アライの医師や看護師が対応を行っています。患者さんからは、利用の有無に関わらず、このような取り組みを知るだけで受診する勇気が湧くと安心の声が届いています。こうした順天堂医院の取り組みは、大学や順天堂以外の病院にも大きな影響を与えています。男女別の日程を設定し実施していた順天堂大学の健康診断では、新たに性別の指定がない日程を追加しました。これは研修会でSOGIを学んだ職員の提案がきっかけでした。他の医学部附属病院でも、SOGIに関する研修会を行おうとする動きが進んでいます。
SOGIの知識を持った医療人を育むために学部での教育も進んでいます。これまで武田教授が主催するゼミで取り上げていたSOGIについて、2020年度から2年生の授業に組み込まれました。将来学生が医療従事者になることを考えると、多様な性の在り方を理解することは、大きな意義を持ちます。
順天堂医院ではSOGI相談窓口を活用した医療サービスの充実化に力を注いでいます。窓口で対応するアライである職員は患者さんの悩みに寄り添いつつ、診察や治療にあたって配慮が必要な点をヒアリングし、各診療科の担当者へ伝えます。この連携体制により治療を始める際、患者さん本人の説明がなくても医師や看護師が適切な対応を取ることが可能となります。また、順天堂医院のウェブサイト「順天堂医院のSOGIへの取り組み」では、SOGIに悩む人のための順天堂医院での対応を紹介しています。相談窓口やレインボーバッジの案内だけでなく、入院時に性別を気にせず使える一色の病衣(パジャマ)も取組みの一つです。相談窓口を訪れた当事者の声を活かしながら入院生活に対する不安の解消につながるよう様々な対応を進めています。
「最終的には、全ての医療機関でSOGIに配慮した取り組みが自然となり、誰もが受診しやすい環境を整えられたらよいと思っています。レインボーステッカーやバッジが不要な世の中になることが理想であり目標です。より良い未来を見据え、各地の医療機関やそこで働く人々にSOGIを知り理解してもらうために、順天堂医院と大学のチャレンジはこれからも続いていきます」と、武田先生、川﨑先生は共通の想いを語りました。
SOGIの問題に対応するため、2023年1月の電子カルテシステム更新のタイミングで、システムでできることを検討しています。現在は戸籍上の氏名や性別の登録が必須となっており、診察券や文書なども登録した内容がすべて印字されますが、次期システムでは診察券への性別の非表示や、戸籍上の氏名とともに呼称の登録が可能となるよう調整しています。これにより診療に影響のないものについては、患者さんの意思を尊重する呼称や表示方法によって、安心して治療を受ける一歩につながることが期待されます。
現在、複数の診療科が連携して取り組み始めているのが、性別違和を解消する治療の推進です。現在の日本では性別適合手術を行える病院はまだ少なく、保険適用が認められているのはごく一部に留まり治療費も高額であるため、治療を望みつつ苦痛を抱えたまま生活している人が多く存在します。こうした状況に対し、順天堂医院として複数の多部署が連携して適切な治療を提案していくことが、今後の多様性ある社会や制度をつくる上で大きな役目を果たすことにつながると考えます。
最後に、目指す未来像について両先生に話を聞きました。
「我々の進める取り組みの根底にあるのは、一人一人が持つ個性を認め、不公正をなくそうという思いに他なりません。SOGIについて知ることは、人種や国籍、文化、宗教といった、あらゆる違いを身近に感じ、人権について考え尊重するきっかけになります。SDGsが掲げる誰一人取り残さない社会の実現に向けて、他者を思いやる行動が大きな助けになるのではないでしょうか。そして、現在進めている取り組みを次の世代に託し、今後も発展させていくには、サステナビリティ(持続可能性)を考えることが不可欠です。未来に引き継いでいける方法や体制づくりといった『種まき』に力を注ぐことで、いつの日か多様な人々がお互いを尊重し、共生する社会の構築につながると信じています。」
からの記事と詳細 ( SOGIを知ることで未来が見える。「誰一人取り残さない」医療の姿とは | 順天堂 GOOD HEALTH JOURNAL - goodhealth.juntendo.ac.jp )
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