■ビリヤニファーストインプレッション 本誌のビリヤニの記事を読んで、目から鱗が落ちる思いがした。 「味のグラデーションを楽しむのが真骨頂」「口に運ぶたびに異なる味が現れるのが夢中で食べられる理由」等々。 現地でビリヤニを食べたとき、ご飯に色むらがあるので、「ちゃんと混ざっていないではないか。仕事が雑だな」と思っていたのだ。まさか意図的にそうしていたなんて......。 ビリヤニはインド亜大陸の混ぜご飯だが、僕が最初にこれを食べたのは東アフリカのタンザニアだった。 同国最大の都市ダルエスサラームに着いて安宿に投宿したあと、街を歩くと、インド映画専門の映画館を見かけた。イギリスの旧植民地にはインド系移民が多いが、この国もそうらしい。 日が落ちる前に宿に戻った。この町の治安も相当にひどいと聞いている。 ただ、この日はどうしても夜10時以降にイギリスの友人に電話をしなければならなかった(インターネットでなんでも済ませられる時代ではなかったのだ)。 国際通話可能な公衆電話もあるが、壊れていることが多いし、何よりそんな時間に外で話していたら襲ってくださいといわんばかりだ。 そこで電話局へ行くことにした。電話を持たない人が利用するため、夜遅くまで開いている。 午後10時、部屋の窓から表通りを見ると、街灯が煌々と照っていて、人通りもあった。これなら大丈夫だろう。だが、電話局は街の反対側だ。念のため宿の屋上に上り、そちら側を見ると、途端に気持ち悪い汗が噴き出した。 「なんじゃこりゃ......」 街全体が沼の底に沈んだように真っ暗だった。点々とまばらに立つ街灯のまわりだけ青白い光がぼうっと闇に浮かんでいて、ますます陰惨な雰囲気を醸し出している。ときおりその中に暗い人影が浮かんだ。得体のしれない男どもがゾンビのように徘徊しているのだった。 「......これでどうやって電話局まで行けと?」 500mほどの距離だからタクシーを使う気にもなれないし、何よりタクシー強盗が怖かった。 宿の人についてきてもらおうか。そんなことも考えたが、ゾンビたちの抑止力になるとも思えなかった。うーん、どうすりゃいいんだ。頭を抱えていると、ポンと天啓が降りてきた。 自分がなぜ襲われると思うのか。旅行者で、金目のものを持っているように見えるからだ。逆に、何も持っていなかったら襲われるはずがないではないか。 「お、おもろいやんけ......」 早速実行に移すことにした。 Tシャツを脱いで上半身裸になり、サイクリングパンツ一丁になる(自転車で旅しているのだ)。ポケットのない、体にピチッとフィットしたパンツだから、何も隠し持っていないことは一目瞭然だ。電話代は靴下の中へ入れ、左手にはTシャツを、右手には自転車のスタンド代わりの木の棒を握りしめた。 この棒に関しては迷った。こんなものを持っていたら相手を刺激し、よけい危ないんじゃないか。「われ、そらどういう意味じゃ?」と。でも丸腰であの闇に飛び込んでいく勇気は僕にはなかった。 いちにのさん、おりゃっ、と宿を飛び出すと、まずは街の明るい側に出た。人々は呆気にとられた顔でこっちを見ている。パンツ一丁の東洋人がマサイ戦士のように木の棒を持って夜道を駆けているのだ。 街の裏側に入ると、世紀末風の世界が広がった。人気のないコンクリート住宅が並んでいる。あちこちで壁が崩れていた。廃屋ばかりのようだが、なんでこんなにたくさんあるんだろう。道にはゴミが散乱していて、まるでゴミ溜めだ。さらには街全体が公衆便所のようにアンモニア臭が鼻をついた。それにしてもなんでこんなにひっそりしているんだ? 廃屋の陰に男たちがたむろしていた。その前を全力で走る。息が上がってきたが、止まるわけにはいかない。ひたすら前を見つめ、足もちぎれよとばかりに駆けた。 やがて白い明かりが見えてきた。電話局だ。もうすぐだ、来んな、誰も来んな......。 建物の中に飛び込むと、足がもつれて倒れそうになった。膝に手をつき、肩を上下させる。ハアハアハア。 顔を上げると金網で覆われた窓口の向こうから、職員たちが怪訝な顔でこっちを見ていた。露出狂の変態が飛び込んできたようなものだから無理もない。僕は「ホットホット」と笑顔で言って、暑いから裸なんだよ、とアピールし、手に持っていたTシャツを着た。 電話を終えると再びTシャツを脱ぎ、棒を握りしめ、深呼吸をしてから、おりゃっ、と飛び出した。 宿に帰りつくと、ソファに倒れ込み、激しく息をした。 顔を上げると、フロントの兄ちゃんがこっちを見てニヤニヤ笑っている。僕もつられて笑うと、なんで電話するだけでこんな決死行になるんだ?と急にばかばかしくなってきて、ますます顔が緩んだ。 翌日、食堂に入ると、地元の人が炒飯のようなものを食べていた。それを指差し、「これと同じものを」と注文すると、「ビリヤニ?」と食堂の人が聞いてくる。初めて聞く名前だったが、「そう、それ」と答えた。 やがて運ばれてきたビリヤニは、きちんと混ざっておらず、白いご飯と茶色いご飯、その中間のご飯と、むらだらけだ。こんな状態で客に出すなんてどうかしている。安食堂だから仕方がないとはいえ、あんまりだろ。 いろいろほんとめちゃくちゃな街だなぁ、とやはり呆れながら、口に入れるたびに味の違う"カレー炒飯"を夢中でかきこんでいたのだった。 文:石田ゆうすけ 写真:島田義弘
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